日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

初めての味  チーズ、お好み焼き、そしてコーラ

初めての味  チーズ、お好み焼き、そしてコーラ

  初めてチーズを食べたのは学校の給食だった。私が小学校の4年か5年のころだから、1964年前後ということになる。それまで、私はそれまでチーズを見たことも食べたこともなかった。配られた四角い黄色いカタマリを眺めながら、こりゃ、とんでもないものが出てきたと思った。母は、家計の割には食べるものだけはケチらなかったが何しろ田舎育ちだから、チーズを我が家の食卓に載せるなど思いもよらなかった。

 だが、不思議そうな顔をしていたのは私だけではなかったから、たぶん、そういう子どもはたくさんいたはずだ。我が家で、日常的にチーズを食べるようになったのは10年以上あとだったろう。

 

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『失われたものの伝説』 砂漠のジョン・ウェイン

『失われたものの伝説』  

 ジョン・ウェインというと、テレビや名画座で結構な本数を見ているが、真っ先に思い起こすのは、なぜか西部劇ではなくて、この映画と「静かなる男」だ。

『失われたものの伝説』は中学生の時、テレビで見て忘れがたい映画の一つになっていたのだが、DVDが販売されていないようで、もう一度見たいと思っていてもなかなか叶わなかった。1年ほど前に、CS放送で放映したので、ようやく見直すことができた。監督はヘンリー・ハサウェイ。1957年公開のアメリカ映画である。

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雑巾と英雄  私の中学時代

雑巾と英雄  私の中学時代

 私は、中学時代は優等生だったが(高校時代は、劣等生に転落した)、どうも一言多いのか、実はけっこう怒られた。入学して次の日、学活の時間に先生の説明に茶々を入れて(内容は忘れたが)、教壇に正座させられた(その頃は、黒板の前に一段高い教壇があった)。

 担任の男性教師、Y先生からすれば、当然最初が肝心と思ったのだろう。だが、まだ事態の重要性を理解していない私は、照れ隠しに友達に合図を送ったりした。すると、Y先生がそれに気づいて、おとなしく座ってろ、といっただろ、と私の襟足のあたりの髪の毛を引っ張る。これが妙に痛い。イテテ、と腰を浮かすと、だから座ってろといったろ、と第二弾にこめかみの毛を引っ張られる。これは、涙が出るほど痛い。教室は爆笑となり、痛いやら恥ずかしいやらで、私は顔を真っ赤にすることになった。今なら、立派な体罰だろうが、級友たちはまあどこか半分ゲームのような、冗談のような感覚で受け取っていたし、だれも何も問題だとは考えなかった。

 Y先生は四十代だったのだろうか。痩身でどこか飄々とした雰囲気の先生だった。口数が少なくちょっと訛りがあった。滅多に怒らない先生だったが、どこか他の先生にない威厳があったので生徒には怖がられていた。それ以降、私は、特にY先生には怒られていないのだが(他の先生には怒れられたが)、一度、クラスの男子全員でひどく怒られたことがある。

 

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薬師丸ひろ子との遭遇  「今度は愛妻家」

「今度は愛妻家」

 この映画を見たい、と思う時、私はどのような基準で決めているのだろう。以前は、あの監督の作品だから、あの人が褒めているから必ず見なくては、などと、随分肩肘張っていたが、最近は誰が出ているかで選ぶことが多い。この映画はTSUTAYAで借りて見たのだが、そういう点からすると、なぜ選んだのかちょっと不思議だ。これまで薬師丸ひろ子が出ているということで、選んだことはなかったからだ。この映画についての予備知識も全くなかったから、ジャケットかそれとも、この印象的な題名で選んだのか。

 何気なく見始めたのだが、途中から目が離せなくなった。薬師丸ひろ子である。

 

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いずれ、隣同士に  60代のよもやま話

いずれ、隣同士に 

 近くのコンビニで、Yちゃんと会った。「ちゃん」といっても、私より一つ学年が下だから61歳になる。小、中学校は同じだが一緒に遊んだという記憶もない。顔を合わせれば話をするがそう親しいわけではない。近くに住んでいるのだが、家は知らない。

 彼は、私の母が一番仲が良かった友人の息子である。母が亡くなって3年になるが、彼の母はさらにその前に亡くなっている。彼の父が2年前に亡くなって、その時、家に挨拶に来た。彼は、お世話になりました、と頭を下げた。

 彼の父親は連れ合いを亡くしてから、独り住まいだった。両親とは長く一緒に住んでいなかった。母親が亡くなってからも、彼は独身だが父親と同居しなかった。父親とは、どうにも折り合いが悪かったらしい。

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ジョゼの顔 女優・池脇千鶴「ジョゼと虎と魚たち」 

「ジョゼと虎と魚たち」

 

 この映画を見ていると、取り返しのつかない忘れ物をしたような気になる。鼻のあたりがツンとなったり、年甲斐もなくドキドキしたりする。すぐれた恋愛映画の証左なのだろう。印象的なシーンも多く、渡辺あやの脚本、犬童一心監督の演出も冴えている。だが、やはり何と言っても池脇千鶴なのだ。この映画の池脇千鶴は、なんといったらよいのだろう。

 小柄で童顔。どこかバランスの悪ささえ感じさせる薄っぺらな身体。さして美人ともいえぬこの女優は、不思議な魅力を持つこのジョゼという役によって、忘れがたい魅力を放つ女優となった。

 

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酒の歌など  牧水を想う

 酒の歌など 牧水を想う

 最近、情けないほど酒が弱くなってきた。ちょっと晩酌が過ぎると眠気を堪えきれなくなる。晩酌といっても、せいぜいウイスキーのハイボール一杯とか、麦酒350ml1本程度だ。もともとそう強いわけでもないし、そう好きなわけでもなかったから、以前は家では飲まなかったのだが、ここ14、5年程は毎日欠かさなくなった。少しでいいのだが、飲まないとなんとなく寂しかったし、疲れが取れなかった。

    昨年、仕事も一線を退いて、飲み会も稀になった。それで、特にものたりないということもなく、どこかせいせいしているのだが、結局晩酌は続けている。習慣ということもあるが、どうやら、晩酌が楽しみになっているらしい、と気づいた。酒がうまいと思えることが増えてきた。それまで大してわからなかった酒の味が、少しわかるようになった気がするのだ。

  そうすると、今度は酒が弱くなってきたことが惜しいような気になってくるのである。別にそう先を心配しているわけではないのだが、こうやって酒がうまいと感じる時間がことさら大切に思えてくるのである。

 

   それほどにうまきかと人のとひたらばなんと答へむこの酒の味

 

   旅と酒の歌人、若山牧水の歌である。なんとも手放しの酒への讃歌。牧水は、昔から好きな歌人だったが、こういう酒の歌は以前はピンとこなかった。うまいと思って飲む酒は、私にはなかったからだろう。この年になって、今さらと思うのだが、ようやくこういう牧水の酒の歌が少しわかるようになった。

 

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「聖の青春」 「ほっぺたさわってもらい」

「聖の青春」大崎善生

 11月19日公開の映画『聖の青春』の特報映像を見た。松山ケンイチが演じる夭折の天才棋士、「怪童」村山聖九段が、東出昌大演じる「天才」羽生善治四冠に対局を挑むシーンが描かれている。

 よく憑依型の俳優などと称される松山ケンイチが、過激な増量でこの役に取り組み、東出昌大は徹底した「羽生研究」であの「羽生睨み」を再現しているという。二人とも、棋譜を全て覚えて撮影に臨んだというから、その入れ込みようがわかる。

 だが、この傑作ノンフィクション小説の映画化を知ってから、私が一番気になっていたのは、村山聖の師匠、森信雄七段を誰が演じるかだ。

 

natalie.mu

 

 

『聖の青春』の中に、村山聖と彼の師匠森信雄が偶然出会う冬の夜の場面がある。当時、筆者大崎善生は、日本将棋連盟が発行している雑誌「将棋マガジン」の編集者だった。仕事で大阪を訪れたとき、筆者は森と一杯やって、その日森の自宅に泊まるために、一緒公園を歩いていた。その時、偶然村山と出会う。

  

 昭和62年のある寒い冬の深夜、仕事で大阪に出かけた私は、森と二人で大淀ハイツの近くの上福島北公園を歩いていた。シンフォニーホールの前にある、整然とした桜並木に囲まれた、こぢんまりとしたとても美しい公園である。居酒屋で森と一杯のみ、森の部屋に帰る途中だった。私も森も吐く息が白い、そのくらいに寒い夜だった。

 前の方から、体を斜めに傾けながら紙袋を下げ、ぽとぽと青年が歩いてきた。よく見ると、体は紙袋を持った方に傾いている。

 われわれと青年は公園のほぼ中央で出会った。

 森が飛ぶように、青年に近づいていった。

「飯、ちゃんと食うとるか?風呂入らなあかんで。爪と髪切りや、歯も時々磨き」

 機関銃のような師匠の命令が次々と飛んだ。

 髪も髭も伸び放題、風呂は入らん、歯も滅多に磨かない師匠は「手出し」と次の命令を下す。青年はおずおずと森に手を差し伸べた。その手を森はやさしくさすりはじめた。そして「まあまあやなあ」と言った。すると青年は何も言わずにもう一方を手を差し出すのだった。

 大阪の凍りつくような、真冬の夜の公園で私は息をのむような気持ちでその光景を見ていた。それは人間というよりもむしろ犬の親子のような愛情の交歓だった。理屈も教養も、無駄なものは何もない、純粋で無垢な愛情そのものの姿を見ているようだった。

「この人大崎さんや、ほっぺたさわってもらい」と森は言った。私は何のためらいもなく手を伸ばした。そのほっぺたは柔らかくそして温かかった。

「早帰って、寝や」と森が言うと「はあ」と消え入るような声で青年は呟いた。そして体を傾け、とぼとぼと一歩一歩むりやり足を差し出すようにしながら夜の帳の中へ消えていった。

            講談社 大崎善生著『聖の青春』抜粋

 

 

 人と人との運命的な絆を描いたこの場面の美しさは比類がない。

 病と闘いながら将棋に全てを注ぐ、「怪童」村山聖。村山の師匠であり、異色、異能の棋士である森信雄。二人のどこか奇妙な、だがあまりに純粋な師弟愛が描かれたこの場面に、私は感嘆した。

 映画『聖の青春』では、森信雄七段をリリー・フランキーが演じるという。その風貌からして、なるほど、とうなずかせるキャスティングである。

 

 すぐれた作品の多くがそうであるように「聖の青春」は様々な読み方ができる。大人だけではなく、小・中学生にももっと読まれてよいと思う。すでに、テレビドラマ化されたり、漫画化されたりしているが、今度の映画化で改めて、この小説が多くの人に読まれることを期待してやまない。

 

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追記

 将棋ソフトとの戦いなど、新たな局面を迎えている将棋界にとっても、この映画は起爆剤の一つになるのではないかと思う。

 

kssa8008.hatenablog.com

 

ジェームズ・キャグニーの「白熱」(1949)  

ジェームズ・キャグニーの「白熱」(1947)  

 CS放送を録画したもので見直して、原題が「White Heat」であることを初めて知った。まさに「白熱」というわけだ。最初に見たのは、テレビの日曜洋画劇場で、調べてみるとその年(1968年)、この番組ではジェームズ・キャグニー主演の映画を3本放映している(あと2本は「栄光何するものぞ」「汚れた顔の天使」)。私は中学2年生、3本とも見た記憶がある。どうりで、この小柄な俳優の強烈な面構えや、エネルギッシュな動きが、目に焼き付いているはずだ(もっとも、その頃は吹き替え版で見ていたから、声まではわからないのだが、叩きつけるような早口が印象に残っている。今回字幕版だが、実際かなり早口な感じがする)。とにかく動きが独特で、キャグニーの映画では、周りの俳優が鈍重に見えてくる(例えば、ハンフリー・ボガード)。それに、あのアクの強い顔立ちは、一見悪役、敵役そのものの感じがするのだが、あの動きのせいなのか、なんともいえない魅力がある。

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 今回見直してみて、「白熱」で私がはっきりと覚えていたのは、キャグニー演じるギャングが、警察に追い詰められ、狂乱の末、哄笑とともにガスタンクに発砲し、業火に包まれるラストシーンだけだった。なるほど、こんなシーンがあったな、とはあちこちで思うのだが、例えば、情婦(バージニア・メイヨ)とかは、全く記憶になかった(中学生だから、そこだけ覚えているのもおかしいが)。このギャングがマザー・コンだったことや、非情な性格なのに、潜入捜査官(エドモンド・オブライエン)を信頼して、破滅に落ちることなど、ストーリーの肝腎な部分はサラッと忘れていた。ずいぶん印象に残る映画として記憶していたのだが、結局、私が覚えていたのは、この映画ではなくて、この映画の中のジェームズ・キャグニーであったことになる(でも、これも中学生の映画の見方、楽しみ方としては、そう間違っていなかったのだと思う)。

 制作当時は、それまでのギャング映画とは一線を画した斬新な映画であったのだろうが、今見ると、その性格破綻ぶりや非情さはどこか類型的な感もある。だが、数十年ぶりに見ても、やっぱりキャグニーに(演技というか、むしろ体の動きといったほうがよいか)目を奪われていくのは、この俳優が今も稀有な個性を持っている証左かもしれない。ラストシーンは、ほぼ記憶の通りだった。

1949年 ラオール・ウォルシュ監督

 

後記

 キャグニーは、ヴォードヴィリアンとして、舞台に立っており、歌やタップダンスも得意だったらしい。また若い時ボクシングにも打ち込んでいたらしい。彼の、キビキビした独特の動きは、そういう下地によるものか。

 

  

 

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kssa8008.hatenablog.com

 

 

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「ある愛の詩」の頃   アリー・マックグローの眉

「ある愛の詩」の頃

 アーサー・ヒラー監督が亡くなった、といかにもよく知っているかのように書き出したが、略歴などを眺めてみるとこの監督の作品ではっきりと見た記憶があるのは「おかしな夫婦」「ある愛の詩」「あきれたあきれた大作戦」「大陸横断超特急」の4本だけだ。カナダ人だというのも知らなかった。

「ある愛の詩」は高校2年生の時に、日比谷の有楽座で見た。男ばっかり4、5人で行った。昼間、学生服で学校から直接行ったのだから、多分学校の校外授業の一環だったのではないかと思う。私の通っていた高校では、その頃、1年に1回、芝居や映画を見る日があった。

 この映画は爆発的ヒットでかなりロングランをしていたが、私も、一緒に行った私の友達もまだ見ていなかった。確か、「愛とは後悔しないこと」というのがこの映画の宣伝のフレーズだったが、その日一緒に見に行ったメンバーはこのフレーズとはまったく無縁だった。

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