日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

最初の挨拶

 しばらく、ここ1年半ほど、何かを書いたり、まとまった話をしたりということから離れていた。無為の日もよいのだが、年齢的にも黄昏を迎えており、無為のまま過ごしていくのも何か寂しい気もするので、思いつくまま、誰にあててというわけでもなく、日々、感じたり考えたりしていることを少しずつ届けて行こうと思う。

 まずは、前に、少し書きためてある映画や本の感想や覚書などから始めてみることになるだろうか。はてなブログは初めてなので、そろりそろりと進みます。

 最初は、あまりに有名なこの映画から。高倉健が亡くなった後だから、もう随分前に書いた感想ということになるが、気にせず届けることにしよう。では。

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幸せの黄色いハンカチ

 

 何年か振りに見た。テレビ放映である。多分、この映画を見るのは3回目か4回目になる。それでも、見た後に新鮮な気持ちになれるのだからこういう映画はありがたい。高倉健の追悼番組で地上波の放送だからコマーシャルで中断する。その度に、アレっというようなことに気づいたり、思い出したりして、それが今も頭の隅に残っている。

 出所してきた高倉健が食堂に入って、ビールを沁みるように飲むシーンは有名だが、その時コップを両手で抱え込むようにして飲んでいることに、初めて気づいた。その店に知り合ったばかりの武田鉄矢と桃井かおりも入ってきていることも、そうだったなと思い出した。たこ八郎は、小さくて細い印象を持っていたが、今回見てみると実際にはやはり伝説のボクサーだったと思わせる精悍な動きをしている。旅館の因業な親父が太宰久雄だということは覚えていたが、警察で、渥美清の係長に泣きついてるおばさんが三崎千恵子だということには、今回初めて気づいた。

 そして、倍賞千恵子だ。この映画は間違いなく高倉健の映画なのだが(阿部寛のTVリメーク版を見てから、特にその思いを強くしていた)、今回見てみると、この映画はまた倍賞千恵子の映画でもあるのだということに今更ながら気づいた。武骨な男がなぜ思い詰めるほど惚れたのか、脚本も演出も丁寧に描いているが、それにもましてなるほどとうなづかせるのは、倍賞千恵子の演技だ。軽く口を開けた表情、どこか逡巡するような瞬き、ぎこちない会話、諦念を漂わせるどことなく寂しげな笑み。私でいいの、と思いつめた表情で雪の中、男の家を訪ねるシーンは、不運な人生をひっそりと、だが健気に生きてきた女の幸福への渇望を描いて秀逸。なんともいえず切ない表情ができる女優は、実はそう多くはない。キネマ旬報のオールタイムベスト日本映画女優のベスト10に、この人が入ってこないのは結局「男はつらいよ」の功罪の一つということになるかもしれない。

 

 ついでに触れると、TVリメーク版はそれだけをみたらなかなか良い作品なのだ。夕張の炭鉱という設定が、今はもう無理なことから舞台を北海道北西部の苫前郡羽幌町内に固定し、一行の目的地を同町に属する焼尻島に変更した。島勇作を阿部寛、島光枝を夏川結衣、欽也を濱田岳、朱美を堀北真希。実は、どれも熱演なのだ。演出も決して悪いわけではなく、例えば、最後の再会のシーン、夏川結衣の光枝は、阿部寛の勇作に跳び付く。大男の阿部と、大柄で抜群の美貌の夏川を生かした演出で感心した。だが、やはりリメークはオリジナルに比べると色褪せて見えるのはいたしかたないのだろう。それに、島勇作も島光枝も、そして花田欽也も小川朱美も、今は日本のどこにも見当たらない、のかもしれない。