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日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

兄貴の恋人 酒井和歌子の清楚

 BSにCSと多チャンネル時代のありがたみ(これも、若い人から見れば時代遅れなのだろうが)で、思わぬ映画に出会うことがある。

 東宝の青春映画というと、リアルタイムで観ていたのは、山口百恵主演の映画でそれより前というとほとんど縁がなかった。この映画も、狙って観たわけではなく、たまたま暇つぶしでチャンネルを合わせたのだが、ついつい身が入ってしまった。詳細は以下に。

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兄貴の恋人 

 1968年(昭和44年)の作品だから、私は中学生だったわけで、一種のアイドル映画といってもよいのだから、気の利いた中学生なら観ていても良いはずだが、私は内藤洋子の映画も酒井和歌子の映画も見た記憶がない。その頃観に行く映画といえば、まあ怪獣映画ぐらいだった。日曜洋画劇場で放映される名画には夢中だったが、映画館に足を運ぶことは数えるほどだった。日比谷のスカラ座に「ウエストサイド物語」(多分、アンコール上映)を見に行ったのは、68年だったのか、69年だったのか。中学3年の頃か、オリビア・ハッセーとレナード・ホワイティングの「ロミオとジュリエット」を観ているかどうかが流行になっていて、結局無理やり友達にもう一度行こう、と強要されて2度だか3度だか見に行ったのが数少ない映画体験だった。

 「平凡」や「明星」を買っている友人もいたが、私は図書館で見ることができた「スクリーン」や何やら小難しい「キネマ旬報」の方が気になっていた。「ロードショー」という洋画専門誌が発刊されたのもこの頃だったろうか。

 周りには、内藤洋子のファンも酒井和歌子のファンもいたのだろうが、私の周りでは、二人の話題で特に盛り上がるようなことはなかった(大体盛り上げるのはプロレスの話で、芸能人の話などほとんどした記憶がない。ただ、藤圭子のデビューがこのあたりで、これには熱狂的な友人がいた)。

 私の印象だと、酒井和歌子より内藤洋子の方が随分年下のような気がしていたが、実は一歳しか違わないということが調べていてわかった。内藤洋子はかなり早く結婚してアメリカに行った記憶があって、この映画を見ていて、おデコが広い以外は覚えていた顔と違っていて少し戸惑った。戸惑ったといえば、酒井和歌子がこんなにも美しい女優だということにも、見ていてびっくりした。今の女優にはまずいないタイプで、今なら、事件になるような美しさだ。清楚とか可憐とか、今は死語に近い価値基準の美しさに満ちている。

 映画は、よくできた青春映画。理想と打算の狭間で、家族や仕事に揺れ動きながら求めあう兄と妹と恋人の微妙な三角関係をテンポ良く描いていく。貧しい家で病気の母とヤクザな兄を持つ酒井和歌子は、そんな環境でも清楚な美しさで、どこかニキビが気になるような内藤洋子のギラギラした雰囲気を圧倒している感じがする。決して気高い、というのではなく、すぐに手が届きそうだが届かない、そんな感じの美しさだ。

 兄役は加山雄三。この人は、若大将シリーズがゴジラ映画の併映だったので何本かみ出演作を見ていた。大人になってから見た「独立愚連隊」や黒澤映画での記憶も残っている。なんとなく大根役者といういう印象があったのだが、この映画を見るとさほどのことはなくて、好演と言って良い。ただ、思っているより背丈がなくてスマートな感じはしない。さほどのブルジョワではない内藤洋子がドレスのような服を着て、ピアノを習っていたり、貧しい家の酒井和歌子の服が豪華ではないにしても妙に垢抜けていたり、都合の良い部分も随分あるがそれはそれでそう違和感もなく見ることができる。沢村貞子と宮口精二の両親は、なかなか見事で、妙に肩に力の入ったような演技や、外したような演技をする俳優が多い中で、宮口精二のようなサラリとした自然な演技をする俳優は今では希少価値といえるだろう。中山麻里と岡田可愛がそろって脇役で出てきていてこれも少し驚いた。内藤洋子が酒井和歌子が住んでいる川崎に行くと、工場の壁にピンク映画のポスターが並んでいたりするのは、リアルなようで場違いなようで不思議なシーン。ロミ山田のピアノ教師とのエピソードも、なにか余計な感じがする。監督は森谷司郎。