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日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

OMOIDORI おもいどり 思い取り

雑記

 OMOIDORI(おもいどり)

「OMOIDORI(おもいどり)」という機器をついつい買ってしまった。アルバムに貼った写真をそのままiPhoneにスキャンできる「アルバムスキャナ」だ。新しい遊び道具というところである。使ってみるとなかなかスグレモノで値段以上の価値がある。

 死んだ母のアルバムの整理をなどと思いながら、ガサコソと棚を漁っていると、2年前の高校の同窓会の写真が出てきた。私は幹事の一人だった。演劇部だったUという友人から、還暦の祝いに大々的にやる、ついてはお前のクラスは幹事がいない、よろしく頼む、と有無を言わせぬ泣き落としがあり、しぶしぶ引き受けた。ぶじ盛会のうちに終わったが、その時の写真だった。

 このUという友人には、学生の頃から、なぜか妙にものを頼まれた記憶がある。

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 高校2年生の時、やはりUに頼まれて、大道具とか手が足りないから、と言われて演劇部の公演を手伝った。部活に入っていない暇そうな何人かに声をかけたらしい。私もその暇そうな一人だった。

 そこで、Pと知り合った。私が高校時代、初めて好きになった人だ。

 彼女は演劇部員だった。長い黒髪とよく光る黒い目を持っていた。とりたてて美しいというわけではなかったが、私は彼女から目が離せなかった。ゆったりとした話し方、おっとりとした仕草、時折見せる何かを含んだような笑い方。他愛のない話が何か特別な意味があるような気がして、いつまでも話していて飽きなかった。同い年なのに、ふと目があっただけで気おくれがした。 彼女は、それまでに、会ったことのない女性だった。そう、私は、女の子とか、女生徒ではなく、初めて、女性、を意識した。

 私は熱に浮かされたようになった。ところが、どうしていいかわからない。もともと私はひどく小心だった。そのうえ、そのころの私は、自分の悪いところばかり数えているような少年だった。そのくせ、その裏返しのような奇妙な自負心に囚われていた。

 私は胸が痛くなった。人を好きになると本当に胸が痛くなることをはじめて知った。

 演劇部の公演が終わった時に記念写真をとった。その写真の中で、私は、打ち上げにはふさわしくない、どこか憂鬱な顔をしていたのを覚えている。

 演劇部を手伝っていくうちに、私は、彼女が、一緒に手伝いに来ていた友人Dに惹かれているのということに気が付いていた。Dは大柄で長髪、言動も風体も野放図で規格外だが、それでいて憎めない愛嬌があった。とんでもないことも引き起こすのだが、どうも放っておけない。この破天荒な魅力のあるDに、彼女は、惹かれた。

 私は……。私は、結局、戦う前にあきらめた。どうしても、自分に自信が持てなかった。Dが彼女の気持ちに気がついていたかどうかはわからなかった。だが、彼女の思いが日に日につのっていくのは、はっきりとわかった。私は、何もできなかった。学校では無理に明るい顔をしていたが、家では、何も手につかず、まるで病人のように寝て暮らした。 その後、彼女の思いがどうなったのか。彼女に関する私の記憶はここで途絶えている。

 

 30歳を過ぎた頃、高校の同窓会があった。2次会から行ったのだが、その時、Pがいるのに気付いた。

 十数年ぶりの再会に、胸が高鳴ることはなかった。彼女が色褪せて見えたわけではない。彼女は十分魅力的だった。だが、あの頃とは何かが違っていた。それぞれ、近況などを話した。仕事のこと、家庭のこと……。   

 「演劇は?」

 「お芝居?」

 「ああ、お芝居」

 「もうやってないわ」 ちょっとうつむきながら、恥ずかしそうに話す。

 「あのね、わたしのダンナ、年下なの」

 「へえ、いくつぐらい?」

 「ねえ、年下でも大丈夫だと思う?」

 さて、その時、私はどんな風に答えたのだろうか。再会は、何ともいえぬ奇妙な味がした記憶がある。   

 

 Uに頼まれて幹事になった還暦の同窓会。もしかしたら、30年ぶりに彼女に会えるかもしれないと密かに思っていたが、そんな因縁話にはならなかった。

 この夏、あの憂鬱な顔をした打ち上げの写真をみつけだして、スキャンできたら、まさにOMOIDORI(おもいどり)ということになるのだろうか。

 

 

 

PFU Omoidori PD-AS01

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