日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

たまには、詩など  土橋治重「月見草異聞」

 詩とはすっかりご無沙汰している。大学の時、友人たちと現代詩についていっぱしに議論をしていたが(私は文学部だった!)、かっこをつけていただけで、実はさっぱり理解していなかったのだと思う。たとえば、思潮社の現代詩文庫もちらちら購入したりしたのだが、何人かの詩人を除けば読むのが苦痛だった。当時、友人が賞賛する詩がわからないのは、自分が頭が悪いからだろう、と劣等感を抱いたりした。詩のようなものや詩のまがい物のようなものもいくつか書いてみたが、どうにも時代遅れの衣装で街中を歩いているようで落ち着かなかった。(今になってみれば、難解な現代詩そのものにも原因があるのだということはわかるのだが)。

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 詩とは何か、などと考えることももうあまりないが、それでもたまに詩集を手にすることがある。私が愛読することのできる詩人もまだまだいることは確かだからだ。

 この1年で詩集を2冊購入した。「大木惇夫詩全集」と「土橋治重詩全集」である。この二人の詩集は、読みたくても、地元の図書館では手にできないからだ。

 

 土橋治重(どばし じじゅう、1909年 - 1993年)山梨県生まれ。15歳の時に、先に移民としてアメリカに渡っていた父を追って渡米。当時の差別的な雰囲気の中で過酷な体験をした。1933年に帰国。1937年山梨民友新聞に入社。1339年、朝日新聞に入社。記者の仕事のかたわら、38歳から詩を書き始めた遅咲きの詩人である。  

 

 土橋治重の詩は、多分浪人の頃に初めて読んでいる(私は一浪している!)。当時は地元の図書館に、この詩人の詩集が2冊あった。1冊をふと手にして、書架の前で読みふけった。

 どの詩にも、それまでに読んできた詩とはまったく違う世界がそこにはあった。ストーリーのある詩が多いのだが、どの詩も奇妙な発想に満ちていて一筋縄ではいかない。洒脱というのとも、ちょっと違う、饒舌でどこかとぼけたユーモアのある語り口。心のはしっこを引っ張られるような、不思議な感覚にとらわれる。私は魅了された。

 だが、大学の頃、友人の間で、この人の詩が話題になるようなことはなかった。自分でも、どこか散文的なこの人の詩のスタイルを考えると、吹聴することが憚られるような気がしていた。

 「月見草異聞」は土橋治重の代表作。年を経てみると、というか、この歳になって読み返してみると、この詩の豊かさが自分の中に染み込んでいくような気がする。

 

 ちょっと長いが、じっくり読んでいただければありがたい。

月見草異聞       土橋治重

 

あなたが はるしげさんですか  

そうです いまはじじゅうといっていますが

あの大菩薩おろしの吹く村で生れた?

そうです

 

しかしわたしはおどろいてしまった

この中年のぶくぶくにふとった半白の人が はるしげさんなのだろうか

はるしげさんはもっとスマートで ふさふさした黒い髪をし 俊敏な若鹿の顔をしていたのに 人ちがいではないだろうか それともこの人は わたしがすこしきれいだから うそをいってデートでもしようというのだろうか

 

あの 月見草をおぼえていらっしゃいますか

ああ 笛吹川の堤でしたね

 

おぼえていたのだ でもハイキングの本ででも読んだのかもしれない

わたしは堤の上で月見草のはなびらといっしょに はるしげさんの唇にキスしたのに この人の唇にはそのあとがない

街にいて トンカツやライスカレーをたべすぎると キスのあとは消えてしまうものだろうか

 

ちょっとお茶をのみませんか

ここの会社のは きたないですが

 

さっさとこの人は応接間から出て行くのだ

話がはじまったばかりなので わたしもついて行かなければならない

 

どうぞ これ召しあがって

 

わたしの一番嫌いなのはコーヒーとケーキだ

だがちょっと口にするとまずくはない

舌はどうしてこんなところで急に わたしのいうことをきかなくなったのだろう

 

あなたもお元気で

ずっと おしあわせですか

 

余計なおせっかいというものだ

わたしははるしげさんでなければ そんなことを聞かれるいわれはない 人権侵害というものだろう

わたしはつくづく この感覚喪失症の男の顔を見た たれさがった頬としわの山

そのまんなかのうるんだ病人の眼 気の毒にこんな不必要な造作を どこからもってきたのだろう

 

あれから ぼくは詩をつくりまして

さいきん三冊詩集を出しました

 

げえっとわたしはコーヒーを吐いた 人前でたいへん失礼だが 巨大なうそは女につわりと同じ生理現象を起させるものだ

詩をつくりそうなのははるしげさんで このじじゅうさんではない わたしはもう一度吐くと誰にもさわらないのに 妊娠してしまうだろう わたしはいそいで立ちあがった

 

失礼しました

はるしげさんにお会いになりましたら よろしく

この人はびっくりして いそがしく眼を動かした わたしはこんなにいそがしく動かす眼を かつて見たことがない

おかしな神経が発達しているものだ

でも この人はいんぎんに エレベーターのところまでおくってきて わたしにいった

 

ごきげん よろしゅう

 

それにしても わたしの恋人だったはるしげさんは どこにいたのだろう わたしは懸命に心がけたので すこしも年を拾わず 三十年ぶりで国からやってきたのに

あっ! 便所だ

はるしげさんは 好きな女の人にはひどくはずがしがって よく便所にかくれたので そこのきれいなトイレットに かくれていたのだろう。 

 

   私ももう「はるしげさん」ではなく、「じじゅう」になっているんだろうな。 

 

※白い花が開花したばかりの月見草で、ピンクでしぼんだ花が昨晩開花したものだそうです。

 

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