日付のない便り

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マリオの結末  恐怖の報酬(1954年)

恐怖の報酬(1954年) 

 何十年ぶりかで見直してみて、この映画の題名の意味するところがようやくわかった。初めて見たのは淀川長治の「日曜洋画劇場」だった。中学2年の時だ。ニトログリセリンが作り出す恐怖とサスペンスに、思わず目を背けたくなるのを我慢しながら、必死に画面を見ていたのを覚えている。食い詰め者の集まる町の殺伐とした退廃、次第に立場が逆転していくイブ・モンタンとシャルル・ヴァネルのねじれた関係、壊れたパイプラインから流れ出した原油の果てしない暗黒、そして唐突な結末。

 中学2年生がどれほど理解していたかわからないが、忘れがたい題名とともに、この映画は私の心に永遠に住みついた(その後、テレビでもう一回見たような記憶があるが、定かではない)。

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 「日曜洋画劇場」は2時間番組だったからかなり省略されていたのだろう、見直してみると、前半が思ったより長い。町(中米か、ベネズエラか)を支配する石油資本の傲慢、食い詰め者たちの荒廃と絶望、脱出へのあがき、ニトログリセリンを運ぶことになる4人のそれぞれの事情などが、後半への伏線も含めて、丹念に描かれている。

 今回見直してみて、記憶になかったことや初めて気づいたことがいくつかある。例えば、ルイージ(フォルコ・ルリ)が肺を侵されていて、余命幾ばくもないことを医者に宣告されていること、ビンバ(ペーター・ファン・アイク)が強制収容所の生き残りであること、は記憶になかった。

 そして、何よりも、驚いたことはマリオ(イブ・モンタン)があまりに若く、ジョー(シャルル・ヴァネル)が、記憶にあるより年を取っていることだ。おそらく名を知られたギャングだったジョーは、前半は粋な白の上下を身につけ、食い詰め者たちの反発を受けながらも、暴力の匂いを漂わせて睨みを利かす。後半は制服になり、さらにランニングシャツになり、明らかに衰えた肉体をさらすとともに、恐怖に支配されていく惨めな姿をさらけ出していく。マリオは、ドラマの前半は、ランニングシャツに薄汚れた上着、首にスカーフ、いかにも洒落者を気取ったチンピラといういでたち、ジョーの評判と貫禄に押され、言いなりになっているのだが、後半はまだ若々しい肉体が次第に存在感を増していく。

 この撮影の時、イブ・モンタンは30代前半、シャルル・ヴァネルは60歳を過ぎている。一発勝負の賭けに勝って、どん底から抜け出そうというマリオと、怖気付いていく自分をコントロールできないジョー。今の私はジョーの年齢なので、映画が進むにつれて惨めさが痛いほど伝わってくる。困難な状況になるほど、マリオの長身に力がみなぎり、貫禄十分に見えたジョーが次第に小さく草臥れた姿に変わっていく。老いがもたらす悲しみは、当然だが以前はまったく気がつかなかった。

 怖じ気づいて運転はマリオ任せにし、すぐに逃げ出そうとするジョーに、「何もしないで2000ドルか」マリオがなじる。すると、ジョーは「おまえは運転という役割で、俺は恐怖を受け持つ役割で報酬を受けるのだ」というようなセリフをいう。

 なるほど、恐怖の報酬か。どす黒い石油にまみれながら、悲劇的な末路を迎えるジョー、マリオの屈折したジョーへの愛憎、なんとも皮肉な結末。人生において、報酬は平等に支払われることを非情に告げて映画は終わる。

 どこか感慨深く見た。サスペンス映画の傑作であることは間違いない。

 

後記

  • イブ・モンタンの底辺で這い上がろうとする男を表情豊かに好演。シャルル・ヴァネルの濃淡のある演技は素晴らしい。
  • 酒場で働く頭も尻も軽い、だが愛らしい女をベラー・クルーゾーが魅力的に演じている。監督のアンリ・ジョルジュ・クルーゾーの妻。「悪魔のような女」が印象的だった。
  • 淀川長治の日曜洋画劇場が始まったのが中学1年のときだったが(最初は土曜洋画劇場だったらしいが記憶にはない)、放送されたラインナップを見ると、はっきり覚えているのは中学2年の時に放映されたこの作品からだ。
  • 三谷幸喜と和田誠の対談集を読んでいると、三谷幸喜が、この映画を日曜洋画劇場で見ていて、しかも驚くほど詳細に覚えているのに驚かされた(三谷は私よりかなり下だから、小学校で見たことになる)。
  •  若いときに見た映画は、心の底から離れないものだ。それが、たとえ劇場で見たものではなくても、吹き替えであっても、短縮されていても、その価値は変わらない。
  • 今になってみると、淀川長治の解説が映画の見方や俳優の魅力について、どれほど強い影響力があったかよくわかる。情報がこれだけ氾濫している時代にあって、彼に匹敵するような映画のよき導き手がいないことは不幸なことなのだろう。
  • ウィリアム・フリードキン監督、ロイ・シャイダー主演のリメーク版(1197年)未見。 
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