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日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

ジョゼの顔 女優・池脇千鶴「ジョゼと虎と魚たち」 

「ジョゼと虎と魚たち」

 

 この映画を見ていると、取り返しのつかない忘れ物をしたような気になる。鼻のあたりがツンとなったり、年甲斐もなくドキドキしたりする。すぐれた恋愛映画の証左なのだろう。印象的なシーンも多く、渡辺あやの脚本、犬童一心監督の演出も冴えている。だが、やはり何と言っても池脇千鶴なのだ。この映画の池脇千鶴は、なんといったらよいのだろう。

 小柄で童顔。どこかバランスの悪ささえ感じさせる薄っぺらな身体。さして美人ともいえぬこの女優は、不思議な魅力を持つこのジョゼという役によって、忘れがたい魅力を放つ女優となった。

 

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 自分をサガンの小説の主人公になぞらえてジョゼと呼ぶ娘。原因不明の病気で歩くことができない。高齢の祖母と二人暮らし。祖母の、不可解な価値観から世間と隔絶される生活。祖母の押す乳母車に乗って街を巡る密かな散歩。祖母の拾ってきた書物を繰り返し読むことで身に付けた、豊富だが偏った、頭でっかちの知識。そっけない、無愛想な、しかしどこかまったりした大阪弁。自分勝手で、わがままだが、どこか目が離せない。隣にいれば必ずうっとうしくなるに違いないのに、隣においておかなくては気がすまなくなる。

 このジョゼといういびつな魅力を持つヒロインを、池脇千鶴は見事にわがものとしている。計算された演技が、映画の進行につれて自分自身のように自然なものになっていく。本を読むシーン。飯を作るシーン。虎と向かい合うシーン。小ぶりな(貧弱ともいえる)乳房をあらわにした、ぎこちないベッドシーン。見ていると、どのシーンも、池脇の表情に吸い込まれていく。

 相手役の恒夫は妻夫木聡。軽やかで屈託のない青年。男が本質的に持っている優しさとその裏返しである優柔不断を見事に演じている。当然の帰結としての別れの後に、道ばたで号泣する彼の演技は、心に残るものだ。

 祖母、ジョゼの幼なじみ、恒夫の後輩、など一風変わった登場人物がストーリーの伏線やアクセントになっていて、見ているときはそれも面白いのだが、いまになってみるとジョゼと恒夫の印象にかすんでしまう。

 ラスト、一人暮らしになったジョゼが飯を作るシーンがすばらしい。池脇のみせる奇妙に満ち足りた表情は忘れがたい。映画の細部は忘れてしまっても、観る者に忘れがたい表情を残せるのは、女優としての一つの条件ともいえる。

 女優・池脇千鶴の表情とともに、「ジョゼと虎と魚たち」はもっとも良質な日本映画の一つとしてと、ながく記憶に残る作品となった。

 

追記

 世評の高い「そこのみにて光り輝く」も最近DVDで見た。池脇千鶴はここでも熱演しているが、こういう役はもともと彼女の柄ではないような気がする。いずれにせよ、主演でこそ「光り輝く」女優であることは、改めて得心したが。

 原作は田辺聖子の短編小説。「 ジョゼ」は、「一年ののち」などサガンの幾つかの小説のヒロインらしい。サガンを読んだのは、ずいぶん昔のことで、「一年ののち」は多分読んでいるのだが、残念ながらさっぱり覚えていない。サガンの小説も、この「一年ののち」という言葉も、いろんな意味を含んで、この映画とも重なりあっているらしいが、そのあたりを読み解いたりすることは、私の任ではない。

 

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