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日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

『渚にて』 1964年 静かなるメッセージ

映画ー洋画

『渚にて』

 舞台は1964年のオーストラリア、メルボルン。核戦争により、北半球が壊滅。南半球もやがて降りそそぐ死の灰の恐怖におののいている。

 原作が1957年に刊行、映画の公開が1959年だから、近未来を描いたSFということになるが、私が初めて見たのはテレビの日曜洋画劇場で1968年の放映となっているから、訪れなかった未来、訪れたかもしれない未来を見ていたことになる。

 今回、DVDを購入して再見した。

 

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 SFといっても、派手な戦闘シーンも目を驚かすような仕掛けは何もない。滅亡を迎えようとしている町と人々の日常が、淡々と描かれていく 。

 映画は、核戦争を海中で逃れた米原子力潜水艦ソーフィッシュ号が、メルボルンに入港するところから始まる。タワーズ艦長(グレゴリー・ペック)は、ソーフィッシュ号に同乗して北半球偵察に行くことを命じられたオーストラリアの若き海軍士官ピーター(アンソニー・パーキンス)の自宅のパーティに招かれる。その席で魅力的な女性モイラ(エヴァ・ガードナー)と親しくなる。一方、同じ席に招かれた原子科学者オスボーン(フレッド・アステア)は、人間と科学がもたらした悲劇に自責と絶望を隠しきれない。

 モイラに惹かれながら、思わず妻の名を出してしまうタワーズ。不安と絶望を刹那の愛情に託そうとするモイラ。北半球への偵察に行く前に、妻と子どものために、最後の時に配布される予定の「薬」を手に入れようと奔走するピーター。

 表面的には、普段とは何も変わらぬ世界。穏やかに流れる日々。だが、確実に死の影は人々に迫ってくる。映画には、もちろん反戦、反核のメッセージが込められているが、声のトーンが高くなることはない。「なぜ、戦争が起こったのか」「どうして防げなかったのか」という問いかけがさざ波のように繰り返されるが大きな声をあげる者はいない。希望と絶望の間を行き来しながら、誰もが、理不尽な現実に対して何もできない虚しさに耐える。誰も何もしていないのに、すべての人が死と向き合い、死の恐怖を乗り越えなくてはいけないやるせなさ。

 先がないことを知りながら、互いに惹かれあっていく男と女。若い夫婦と生を授かったばかりの赤ん坊。絶望の中に喜びを見いだす男。従容として死を受け入れていこうとする人々。

 最も恐怖を呼び起こすのは、誰もいない街だ。潜水艦の潜望鏡から見えるサンフランシスコは何一つ破壊されていない。ただ、人がいないだけなのである。何も破壊されず、何も変わらず、世界は美しいままなのに、人がいなくなる。これは、誰もが受け入れがたい。

 映画は小さなエピソードを重ねながら、丹念に最後の時を描いていく。 以前見た時、特に惹かれたのは、フレッド・アステアが演じる初老の科学者だった。生涯の夢だった自動車レースに優勝して歓喜する姿、モイラの申し出を俯いて拒む姿、ふとよぎるむなしい表情。まだ中学生だった私はこの初老の俳優の演技に鮮烈な印象を受けた。受け入れなくてはならないやがて確実に来る死に対して、人がこんな風に向かい合うのか、ということに深い感銘を受けた。それまで見たアメリカ映画とは明らかに異質な作品に映った。

 今回、見直してみると、私自身が老年になったからか、この科学者を蝕んでいた孤独と喪失感に、また別の感慨を覚える。いわば、人生の持つ宿命的な徒労感とでもいったらよいだろうか。

 映像も音楽も抑制された美しさが目につく。特に、最後に潜水艦で帰国するタワーズをモイラが見送る場面は印象的だ。

 当時は東西冷戦の真っ只中。映画に描かれた来るべき世界は、きわめてリアリティーのあるものだったのだろう(映画の中で、戦争が始まったのは8月6日になっている)。

 この静謐ともいえる映画は、実は今も新しいメッセージを発信し続けているように思える。

 原題は『On the Beach』。この『渚にて』という邦題は秀逸である。

《監督》スタンリー・クレイマー  1959年公開

 

後記

  • この映画は、フレッド・アステアを初めて見た映画だった。だから、私の中では、フレッド・アステアは踊ってないのが基本だった。
  • 若々しい海軍士官役を演じたアンソニー・パーキンス。ヒッチコックの「サイコ」が代名詞になってしまったが、この、どこか不器用で、純粋さを感じさせる俳優を私は結構気に入っていた。若い頃の作品には「友情ある説得」「胸に輝く星」「緑の館」「さよならをもう一度」など、愛着を感じる映画が多い。
  • 原作者はネビル・シュート。英国籍だが、晩年はオーストラリアに住み、メルボルンで亡くなっている。多彩な経歴を持つ作家らしい。レースの経験もあるとか。彼は1960年に亡くなっており、自ら想像した世界の行く末を見届けられなかった。

 

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