日付のない便り

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「ワザ、ワザ」と「ちい、ちい、ちい」  私の中学時代2

 中学2年生の息子の新学期が始まった。去年は、夏休みの最後に宿題でずいぶん慌てていたが、今年はうまく切り抜けているらしい。夏休みの宿題というと、厄介なものの代表選手が読書感想文だろう。今はだいぶ様子も変わってきているだろうが、それでもネットでブログなど見ていると、読書感想文の簡単な書き方とか読書感想文不要論とか、苦しめられた人が多いのか、なかなか喧しい。

 私が中学二年の時の読書感想文は、太宰治の『人間失格』が課題図書だった。何を書いたかはさっぱり覚えていないが、9月に入ってしばらく流行した言葉だけはよく覚えている。

「ワザ、ワザ、」

 

 

人間失格、グッド・バイ 他一篇 (岩波文庫)

人間失格、グッド・バイ 他一篇 (岩波文庫)

 

 

 

 

 授業中、誰かが失敗したり、気の利いたことを言ったり、先生に褒められたり、トンチンカンなことを言ったり、とにかく、ちょっと変わったことがあると、周りから

「ワザ、ワザ、」

という声が聞こえてくる。これが受ける。先生は、何の事だかわからないのできょとんとしている。そのうち、廊下ですれちがいざまに、

「ワザ、ワザ、」

と言っては笑い転げるやつまで出てくる。

『人間失格』を読んだ方はこんな場面を覚えておられるだろうか。

 

 

 その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁ささやきました。

「ワザ、ワザ」

 自分は震撼しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。 

              青空文庫  太宰治『人間失格』

 

 

 主人公大庭葉蔵が、自らの「道化」の技術を見抜かれ、恐怖を覚えるシーンである。

 今になって考えてみると、その頃、私を含め、級友たちがどのくらい作品を理解していたのか甚だ怪しいが、少なくとも50年近くたってもこれだけ覚えているのだから、読書感想文の課題図書に『人間失格』を選んだ先生のねらいは正しかったのだろう。

 

 中学の国語の授業から、流行った言葉がもう一つある。「ワザ、ワザ」より、さらに一年前のことだ。

 どういうわけか知らないが、私のクラスは1週間に何回か教頭先生が国語の授業を受け持っていた

 ある日、突然暗誦が課題となった。夏目漱石の『草枕』の冒頭と高村光太郎の『千鳥と遊ぶ千恵子』『あどけない話』。授業参観で発表してもらうからみんな覚えるように。エーッ、もちろん、その当時でも、ささやかながらブーイングが起こった。教頭先生は、その時、今は大変でも、覚えれば一生役に立つ、というようなことをいって、結局、私たちは遮二無二に暗記することになった。

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」夏目漱石『草枕』

 なんじゃ、こりゃ。

「智恵子は東京に空が無いという 

 ほんとの空が見たいという」高村光太郎『あどけない話』

うーん、空、あるけど。

「人っ子ひとり居ない九十九里の砂浜の 砂にすわって智恵子は遊ぶ。

無数の友達が智恵子の名を呼ぶ。ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――」

                      高村光太郎『千鳥と遊ぶ智恵子』

 この「ちい、ちい、ちい、ちい、ちい」が、やはり、しばらくの間、流行った。

 みんな、ちい、ちい、いいながら、廊下を歩いていた。

 

 授業参観の首尾がどうだったのか、これもさっぱり覚えていないが、高校で高村光太郎の『レモン哀歌』に出会ったとき、教頭先生のいったことの意味がわかったような気がした。大げさだが、詩が、私の心に深く降りてきて、住みついたからである。

 

千鳥と遊ぶ智恵子

 

人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の

砂にすわつて智恵子は遊ぶ。

無数の友だちが智恵子の名をよぶ。

ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――

砂に小さな趾をつけて

千鳥が智恵子に寄つて来る。

口の中でいつでも何か言つてる智恵子が

両手をあげてよびかへす。

ちい、ちい、ちい――

両手の貝を千鳥がねだる。

智恵子はそれをぱらぱら投げる。

群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。

ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――

人間商売さらりとやめて、

もう天然の向うへ行つてしまつた智恵子の

うしろ姿がぽつんと見える。

二丁も離れた防風林の夕日の中で

松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。

 

 

 

レモン哀歌

 

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた

かなしく白くあかるい死の床で

わたしの手からとつた一つのレモンを

あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ

その数滴の天のものなるレモンの汁は

ぱつとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉のどに嵐はあるが

かういふ命の瀬戸ぎはに

智恵子はもとの智恵子となり

生涯の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時

昔山巓さんてんでしたやうな深呼吸を一つして

あなたの機関はそれなり止まつた

写真の前に挿した桜の花かげに

すずしく光るレモンを今日も置かう

  青空文庫  高村光太郎『智恵子抄』より

 

 

 学校に通っている時は、これって無駄だよな、とか、意味あるのかよ、などと思うこともあったのだが、年を経てみると、それほど単純ではないことに気づくことが多いものだ。随分貧しい時代だったような気がしていたが、基準を変えてみれば、それほどではなかったのではないかと思えてくる。

 

 

智恵子抄 (280円文庫)

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草枕 (1950年) (新潮文庫)

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