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日付のない便り

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「棋士という人生ー傑作将棋アンソロジー」を読む  「棋士」という生き方とは?   

 今期の将棋名人戦は佐藤天彦名人に稲葉陽八段が挑戦している。21年ぶりの20代対決、否が応でも盛り上がるところだが、その佐藤名人が電王戦二番勝負第1局で将棋ソフト「PONANZA」に第一局を敗れた。

 棋士は、その圧倒的な強さによって絶大な信頼を得てきた。だがコンピュータの驚異的な進化によって、棋士の絶対的な「強さ」が揺らぎ、棋士という存在そのものが問われているかのように考える人もでてきた。一体、棋士とはどういう存在なのか。なぜ、それほどに過酷な生き方を目指すのか。大川慎太郎の「不屈の棋士」を読んだときにも思ったことだが、大崎善生編の「棋士という人生ー傑作将棋アンソロジー」を読んでみると、改めて「棋士」の輪郭が浮かび上がってくる。

 

棋士という人生: 傑作将棋アンソロジー (新潮文庫)

 

 

 本書は、将棋と棋士に関わる26編のエッセーを集めたアンソロジーだ。筆者は、次のように分類できる。

 作家:

  沢木耕太郎・色川武大・団鬼六・村上春樹・小林秀雄

  坂口安吾・大崎善生

 観戦記者:中平邦彦・東公平

 フリーカメラマン:炬口勝弘

 学者・詰め将棋作家:若島正

 棋士:山田道美・芹澤博文・高柳敏夫・内藤國雄・河口俊彦

 畠山鎮・二上達也・島朗・小林宏・森内俊之・渡辺明・天野貴元

 

 作家といっても、編者の大崎善生は日本将棋連盟の編集者としての経歴があり、団鬼六も将棋の世界にどっぷり浸かっていた。棋士の中で、河口俊彦の筆力は、作家に遜色がない。天野貴元は奨励会を三段で退会しているから正確に言うと棋士ではないのだろうが、文章を読んでみると棋士として分類するしかないと思う。

 

 内容は多岐にわたる。大山康晴や中原誠など大棋士の横顔、エピソード。羽生善治や森内俊之、渡辺明など現在のトップランナーの強さの秘密や戦いの軌跡。弱小棋士や若手棋士、奨励会員の過酷な現実や生々しい苦悩。将棋そのものの奥深さや文化的側面に触れたもの。プロではなく、真剣師小池重明の壮絶な半生を描いたものなども採られている。

 私見だが、作家の書いたものより、棋士が書いたもののほうが心に残るものが多い。生活と人生の全てを将棋や勝負に捧げているのであるから、ある意味当然だが、棋士の文章そのものに魅力を感じるものも多かった。

 

 編者は何も記していないが、集中に芹澤博文九段に関わるものが三編あるのは、意図あってのことなのだろう。芹澤との交流を描いた色川武大の短編「男の花道」、芹澤本人の文章「忘れ得ぬ人、思い出のひと」、そして芹澤の師匠である高柳敏夫名誉九段の「愛弟子・芹澤博文の死」である。色川の短編は芹澤への挽歌であり、芹澤の文章は遺書のように読める。そして、高柳の「愛弟子・芹澤博文の死」は集中の白眉ともいえる、なんとも哀惜極まりない文章である。

 早熟の天才、芹澤博文の天才ゆえの挫折、自滅を求めたかのような奔放な生き方、表面とは裏腹な優しすぎる性格。抑制された筆致で描かれる芹澤像には、同じ勝負に生きるものの宿命とはいえ、どこか深い悔恨に満ちている。

 

 

 昭和四十四年、中原と芹澤、勝った方がAクラスに入れるという順位戦があった。これに勝てば芹澤はAクラスにカムバックできるわけです。

 最初は芹澤が優勢でした。しかし、芹澤は苦悶する中原の顔を見ていられないという過敏な神経がありました。残り十分というところで棋勢がもつれてきた。芹澤が金捨ての鬼手を放った。しかし狙いの鬼手は飛打ちに桂の合い駒が利いて成立しなかったのです。結局、芹澤は負けた。

 その一番で「俺は名人になれないんだ」という思いが決定的になった。事実、うちのかみさんに電話があり「もう一度頑張ってAクラスに復帰して、また中原と指そうという気力はなくなった」と言ったそうです。

 しかし私には、この将棋を指す前から、芹澤には中原に勝つ気がないんじゃないか、という予感があった。というのは、中原を叩きつけて自分が上がっていくということは、芹澤の性格からできないんですよ。

    高柳敏夫「愛弟子・芹澤博文の死」より

  結果として、弟弟子中原誠は、芹澤を乗り越えて名人まで駆け上った。高柳にとっては、中原もまた愛弟子。こういう文章を読んでいると、棋士の世界のもつ、根源的な酷薄さとその中で非情に生きざるを得ない辛さ、無念さがひしひしと伝わってくる。

 大山康晴について書いた「不世出の大名人」(河口俊彦)を、あわせて読んでみると、大山が長く名人に君臨し、芹澤が不遇の天才に終わった秘密がわかるような気がする。

 

 将棋の対局は、今はニコニコ動画などでリアルタイムで観れる。すごい時代になったものだ。だが、画面を通じて何もかもが見えるわけではなかろう。コンピュータがどんなに強くなっても「不屈の棋士」たちが存在する限り、人間対人間の戦いが、最高峰の戦いであり続けるのではなかろうか。

 

 中学生棋士藤井聡太四段のデビュー戦の相手は、現役最年長、神武以来の天才と謳われた77歳の加藤一二三九段だった。その特異な個性も相俟って、さまざまなメディアに取り上げられた。その加藤九段も引退することになった。デビュー戦で加藤に勝った藤井は、現在11連勝を続けている。

 

後記1:

 棋士を主人公にした映画が続けて公開されている。昨年の「聖の青春」、今公開中の「3月のライオン」である。ノンフィクションであれ、フィクションであれ、将棋とは全く無縁の人たちが、棋士の過酷な生き方に共感し、涙する。今だからこそ、棋士の存在価値が見直されているのかもしれない。

後記2:名人戦第1局は、佐藤名人が痛恨のミス。稲葉八段が勝利。

 

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