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日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

「仕掛人梅安」  萬屋錦之介の藤枝梅安は

 

 萬屋錦之介主演の「仕掛人梅安」をCS放送でようやく見ることができた。というのも、この映画はDVD化されていないとのことで、存在は知っていたが見ることができなかった。

 

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 池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」のシリーズは、何度も映像化されているが、私の世代では、まず、緒形拳主演のテレビシリーズ「必殺仕掛人」が、すぐに思い浮かぶがだろう(私は高校生だったか。浪人生だったかもしれない)。当時、中村敦夫の「木枯らし紋次郎」の放映が始まり、全く新しい股旅物の時代劇として、大変な人気になったが、途中で裏番組の「必殺仕掛人」が、これも斬新な映像で人気を高め、最後は視聴率で追い抜いたということを覚えている。ドライで渇いたタッチの「木枯らし紋次郎」が白で、刺激的でスタイリッシュなタッチの「必殺仕掛人」が黒、という印象だった。このテレビシリーズが始まった時、池波の原作は連載が始まったばかりで、放送と小説が互いに影響しあったというような面もあったらしい。そういう意味では、緒形拳の演じた藤枝梅安の姿は、かなり自由なオリジナルなものだったと言えるかもしれない。表の世界では素朴で愛嬌がある鍼医者の梅安が、掟の元に殺しを生業とする非情の仕掛人となる梅安の原型は、小説以上にこのテレビシリーズで確立されたのかもしれない。

 

必殺仕掛人 上巻 [DVD]

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 前置きが長すぎた。錦之介の「仕掛人梅安」に戻ろう。結論からいうと、予想した以上の出来で、なかなか見応えのある作品だった。東映の時代劇スター萬屋錦之介の藤枝梅安は、見る前はイメージが浮かばなかったが、映画が進むにつれてひきこまれていった。この映画の錦之介は、私がそれまでに多くの映画やテレビドラマで見てきたどの錦之介とも違って見えた。「一心太助」「宮本武蔵」「浪花の恋の物語」「ちいさこべ」。あるいは「瞼の母」「沓掛時次郎 遊侠一匹」。また、「柳生一族の陰謀」や「赤穂城断絶」。時に明朗闊達、時に豪放磊落、時に情緒纏綿、スクリーンの錦之介は、どの映画でもスターだけの持つ熱いオーラを放ってきた。この映画でも、そのオーラは感じるのだが、どこか底光りするような、冷たい炎のような印象がある。錦之介の梅安は、素に近いようなメイクで、静かな物言いが目につく。治療する患者と話す梅安は穏やかそのものだ。生をつなぐ鍼医者と生を断つ仕掛人の狭間の中で、梅安の周りに漂うのは強烈な虚無の匂いだ。仕掛けを目撃された梅安の言動には、常に生と死の双方の隣り合わせにある運命への諦念が色濃い。深い眼差しの中に、仕掛人仲間の彦次郎(中村嘉葎雄)との会話に、明日を望まず、それでも生き続ける者のやるせなさや罪深さが伝わって来る。「必殺仕掛人」の持つ痛快さはここにはない。

 静かな怒りとともに迎えるクライマックスの殺しのシ-ンは派手さはないが、なかなか緊張感がある。時代劇のスター錦之介は、一つ一つの所作、動きが決まっていて、美しい。全編を通して、錦之介の抑えた演技が光っている。

 敵役の近江屋(伊丹十三)も単に、悪、というだけではない。その妹、お園(小川眞由美)とのただならぬ関係という、人としての根源的な罪深さを抱えながら、自らの肥大する欲望を抑えきれない。それは、またお園を取り巻く闇でもある。

 伊丹十三と小川眞由美の濡れ場には、強烈なエロティシズムが匂い立つ。小川眞由美の色香もさりながら、伊丹十三の毒気の強い演技は特筆もの。この人が監督とした映画はずいぶん見ているが、俳優としての印象はあまりなかった。どちらかといえば、端正な、知的や役柄が多かったのではないか。「マルサの女」など、この人の映画には、エロティシズムを感じさせるシ-ンが随所に見られるが、この近江屋の演技を見るとなるほととうなづきたくなる。この映画の中では、錦之介が静、伊丹十三が動の演技で対峙していて、どちらも見事だ。

 惜しむらくは、幾つかのキャスティングの物足りなさだろう。彦次郎の中村嘉葎雄はすぐれた俳優だが、この役はどうだろう。原作では、彦次郎は、時に、梅安以上に非情に徹し、梅安以上に虚無を感じさせる。また、梅安にたいするそこはかとない同性愛的な心情、雰囲気さえ感じさせる。これは、兄弟では無理だ。

 元締め音羽屋半右衛門は藤田進。戦前から活躍する、老練の名優だが、この役柄はどうか。元締めにしては、善人に見えすぎて、影が見えない。

 料亭の仲居で、梅安の馴染みの女、おもんは宮下順子。この映画では印象が薄い(錦之介との濡れ場が淡くしか描かれてないせいもある)。

 萬屋錦之介の梅安は単発でこれが最初で最後。この映画が、萬屋錦之介最後の主演映画だということだ。時代劇の黄金時代はとうに過ぎて、時代劇映画が、もはや断末魔の時期を迎えている頃の秀作である。

1981年公開 監督 降旗康男

 

 小林桂樹主演のテレビシリーズは、この映画の公開の翌年から足掛け2年にわたって7作放映されている。小林桂樹というと、東宝の社長シリーズや「裸の大将」「江分利満氏の優雅な生活」「名もなく貧しく美しく」という代表作を並べていると、梅安という役柄は無縁のように思えるが、さすがは名うての手練れで、緒形拳とも錦之介とも違う見事な梅安を演じている。日常の飄々とした雰囲気と殺しの場面の落差が印象的だ。

 このシリーズでは、彦次郎を田村高廣が演じているが、これがもう一人の主役とも言える名演で、梅安と食事をとるシーンや何気ない会話がどこか奥深さを感じさせる。

 柴俊夫の小杉十五郎、中村又五郎の音羽屋半右衛門も好演。原作の魅力が詰まったシリーズ。

 

 渡辺謙主演のテレビシリーズは、1990年からやはり7作製作されているが、残念ながらこれは未見。

 彦次郎は橋爪功、音羽屋半右衛門は田中邦衛。

 

 2006年には岸谷五朗がスペシャルドラマで梅安を演じている。これも未見。これは、時代劇研究家春日太一に著書「なぜ時代劇は滅びるのか」で名指しで酷評されている。

 

新装版・殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安(一) (講談社文庫)

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※小林桂樹に関しては、小林桂樹・草壁久四郎『演技者-小林桂樹の全仕事』ワイズ出版、がある。大部だが、抜群に面白い。

 

演技者―小林桂樹の全仕事

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なぜ時代劇は滅びるのか (新潮新書)

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