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日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

柚木麻子著「BUTTER」を読む 確かに上質な「バター」は濃厚で美味だが‥‥

 

 この作品が、死刑判決が確定した木嶋佳苗死刑囚の首都圏連続不審死事件をモチーフに書かれたものであることは新聞広告で知っていた。私は木嶋佳苗について、ニュースの報道程度しか知識がない。本屋で手に取った時、本の帯の惹句に「獄中から溶け出す女の欲望がすべてを搦め捕っていく」などとあるから、犯罪小説、推理小説に類するものかと思った。どうしようか迷ったが(殺伐とした小説を読むのが億劫になっているので)、結局、題名と印象的な表紙に惹かれて、ついつい購入。この著者の作品は「ランチのアッコちゃん」を読んだはずだが、あまり覚えていない(「和菓子のアン」とゴッチャに記憶されていた)。

 

BUTTER

BUTTER

 

 

 

 最近は、体力が衰えたこともあって、本は買っただけで満足して、積ん読(つんどく)ことが多いのだが、この本はなぜかすぐに読み始めた。今の私にとっては、けっこうな長さの小説だが、ここ数日読みふけることとなった。なかなかの筆力で、設定も面白く、ぐいぐい読ませる。だが、3分の2ぐらい読み進んだあたりか、私の読むスピードと意欲が滞りがちになった。

 

 主人公は30代の週刊誌記者「町田里佳」。そして、連続不審死事件の被告、三人の男の殺人の容疑がかかる「梶井真奈子」。真奈子は里佳より二つ年上の設定だ。記事にすることをねらいに、里佳は小菅の拘置所に梶奈子を訪ねる。だが、欲望の赴くままに人の心の中まで食い散らしていく真奈子に、里佳はアクリル板の仕切り越しに翻弄され続ける。

 

 この小説の中で何度も出てくる拘置所での面会場面は、ジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスの「羊たちの沈黙」を思い起こさせる。尊大で、傲慢、極端にプライドが高く、狡猾で皮肉屋。里佳と真奈子の面会のシーンは、次第に里佳が真奈子に押しつぶされ、自分を見失っていく過程は、なかなか緊迫感がある(ただし、真奈子はレクター博士とは違うから、よく考えてみるとその話の内容は薄っぺらなものも多いのだが)。

 だが、事件の真相と真奈子の本当の姿を、「食」あるいは「食欲」を取っ掛かりとして、追求していく里佳の思考や行動は、次第に梶井真奈子そのものからは離れて、里佳自身の生き方や、女性や夫婦、家族のあり方にシフトしていく。このあたりから、登場人物も増え、内容もいろいろと盛り沢山になってきて、私はスムーズに消化できなくなった。特に、里佳の親友伶子がクローズアップされてくるあたりからどうにもついていけなくなった。伶子が家出して、真奈子とかつて一緒に住んでいた男のところに潜り込むくだりはどう考えても非現実的で、首を捻ることになった。

 

 ここに描かれる女性の様々な葛藤(結婚、仕事、家族等々)は、おそらく多くの読者から、特に同年代の女性の読者から共感を持って受け止められるのだろう。「食」や「料理」からのアプローチは、それなりに面白いし、なによりも著者のこの分野への造詣の深さと情熱が、ある種の説得力を持って迫ってくる。

 

 だが、このモチーフを取り扱うには、それだけでは無理がある。この作品では「性」について、あっさりとしか扱われていないが、私にはそれがどうにも腑に落ちない。「食」や「食欲」が、「性」や「性欲」以上に、男と女の間に深い闇を作るとは、私には思えない。この作品では、「性」の問題を、上澄みだけとって、底が見えないように物語が進められていく。里佳と恋人のセックスの場面はあるが、それが二人を強く結びつけたり、引き離したりというようなことはない。伶子夫婦は、セックスレスや不妊という大きな課題を抱えているが、それでも、さほど深く性に苛まれてはいない。読んでいると、里佳も、伶子も、セックスよりおいしい料理の方が重大事に感じられるのだ。だから、里佳がどんどん太り、料理をこなすようになってくると、物語の前半では、悪魔的にも感じられた梶井真奈子が、ごくごく卑小な、取るに足らない存在に見えてくる。

 梶井真奈子と、彼女に関わった男たちの闇など、里佳や伶子の新たな光にさらされて、いつの間にかどこかに消えてしまっている。

 

 純粋で上質なバターを使った料理は美味しいだろうが、もちろん、美味しい料理はそれだけではない。時には、もっと猥雑なものを含んだわけのわからない油も必要な気がするのだが。

 

エシレ バター 有塩 100g ECHIRE

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