日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

森敦「月山」を読む つまらなくはないが、ではどこが良いのかといわれると……

 私が大学生の頃、芥川賞を受賞した作品で、著者の森敦は六十二歳だったので、遅咲きの作家の受賞ということで当時随分話題になったのを覚えている。友人が購入したものを借りたのだが、結局読まずに返してしまった。

 今回、この小説を読んだのは個人的な事情からだ。

 

 ながく庄内平野を転々としながらも、わたしはその裏ともいうべき肘折の渓谷にわけ入るまで、月山がなぜ月の山と呼ばれるかを知りませんでした。その時は、折からの豪雪で、危く行き倒れになるところを助けられ、からくも目ざす渓谷に辿りついたのですが、彼方に白く輝くまどかな山があり、この世ならぬ月の出を目のあたりにしたようで、かえってこれがあの月山だとは気さえつかずにいたのです。

 

 

月山・鳥海山 (文春文庫)

月山・鳥海山 (文春文庫)

 

 

 

 冒頭の部分である。ここに出てくる「肘折」は、冬に大雪情報で再三その名前が報道された「肘折温泉」で、私の父の実家から近い。

 父とテレビの旅番組か何かを見ていて、月山の話になったことがある。父は今年九十四歳になるのだが、十四歳の時に月山に登ったという。あの辺りでは、ある年齢になると、男は月山に登る風習があったらしい。いわば元服のようなものなのだろう。先達に連れられて、一週間かけて月山に登ったという。女人禁制で白い山伏の服のようなものを身にまとい、ただただ、大変だったという記憶が残っているという。

 母はすでになくなっているが、やはり同じ村の出身だったので、ここ十年ばかり叔父や叔母、従兄弟などの葬儀や法事が続いて、山形に行く機会が多かった。まだ仕事もしていたので、いつもトンボ帰りの慌ただしい旅行だったが、よく、肘折にでも行ってゆっくりしていけばいいのに、と勧められたりした。結局、行かずじまいだったが、肘折の名前は頭にこびりついた。

 読み進めると、会話の部分はほぼ方言で書かれている。私は、葬式や法事で親戚や近所の人と話をしても、五割ぐらいしか理解できない。独特の言い回しと、なれない言葉に感じるスピードの速さについていけない。ところが、この小説を読むと、何か手に取るようにすっきりとわかる。たとえば、こんな風だ。

 

「じゃァ、源助の源助ですね」

「んだ。昼食はまだなんでろ」

「だがやっだば。野兎を御馳走すっさけ、じさまとあべ(来い)ちゃ。あれで、おらえのだだは鉄砲打ちの名人での、ゆんべは幸い凪いで、何羽もしとめて来たもんだ。」

 

 

 この妙に淡々ととした小説を最後まで読めたのは、この方言が頭の中ですらすらと音声化できたからかもしれない(実際に声に出すことはできないのだが)。

 また、若い頃、月山のあたりは田舎に行くついでに車で回ったこともあって、なんとなくその風景が実感できる。

 そんな具合で、読んでいてつまらないとは思わなかったのだが、では、この小説のどこが良いのかといわれると、よくわからない。どこか朦朧とした印象になる。

 

 特別に事件らしい事件が起きるわけでもない。月山の山ふところに放浪していた男がたどり着き、一年ほど寺で滞在する間の出来事が、さほどの起伏なく綴られていく。主人公にも名前はないが、登場人物も寺のじさま、あねちゃ、お歯黒の入れ歯のばさま、富山(薬売り)など、名前がない。雪に埋もれた冬の間のことが中心になるのだが、この閉ざされた地域の生活に、「わたし」が何を求めて、何を感じ取っているのか、わかるようでわからない。随分とさとり切ったような部分もあれば、金や女や、密造酒にまつわる生臭い話もちょいちょい出てくる。「わたし」も卑屈な部分が出たり、欲につかれたり、なんのためにここにいるのか、何かを得たのか、判然としない。寺のじさまの印象も、日が進むにつれて変わってくる。この山ふところの寺も部落も、一種のサンクチュアリとして描かれているのかとも考えたが、それにしてはどうにも俗っぽい。

 月山は生、鳥海山は死の山というようなことも出てこない訳ではないが、何もかも思わせぶりで、深い意味があるようなのだが、実はよく理解できない。スタイルは美しいが、中身が見えない。

 

 昔は、わからなくてもわかったようなフリをして読んでいたが、さすがにこの歳になると、そんなことに費やす時間が惜しい。誰に怒られるわけでもないし、だれかが困るわけでもない。ならばあっさり、手を挙げて降参した方が気が楽になる。

 

 姉妹編の「天沼」「鳥海山」は読むのを断念することにした。

 

次の記事も、よろしけばどうぞ。

 

kssa8008.hatenablog.com

kssa8008.hatenablog.com

kssa8008.hatenablog.com

kssa8008.hatenablog.com