日付のない便り

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山本周五郎「五辯の椿」を読む  復讐劇の仕掛けは…… 

 何十年ぶりかの再読である。根気がなくなっている昨今には珍しく、一気に読んだ。若い女の復讐劇。母「おその」とその愛人を焼き殺し、母の遊び相手だった男たちを色仕掛けで惑わせ、次々にかんざしで刺し殺していく。よくよく考えれば、ヒロイン「おしの」の復讐は凄惨なものなのだが、読んでいる時はそこに思い至らない。どこまでもおしのが清冽な印象を受けるのには、作者の周到な仕掛けがある。

 

五瓣の椿

五瓣の椿

 

 

  おしのの復讐する相手は、まったく同情の余地がないクズばかりである。母親「おその」を含めて、色と欲だけで生きてきて、それを恥じることもない人物ばかりである。見事なほど、共感する余地がない。

 母「おその」は、婿養子で真面目一方の父「喜兵衛」を徹底的にないがしろにし、家を顧みず、夫を避けて寮に移り住み、遊興に耽り、男を連れ込んで、享楽に明け暮れる。喜兵衛が労咳で倒れても、おしのと見舞いに行く約束を破って、若い役者と遊び歩いていたおそのは、夫の遺骸を前にしても悲しまない。そればかりか、おしのに、この人は本当の父ではないから悲しむことはないと言い放つ。

 おしのが復讐を誓った男たちも、事細かにその不行跡が語られる。どれもこれも、ただただ、罪を罪とも思わない、本当にろくでもない人間ばかりで、殺されても仕方がないと思わせる。これが第一の仕掛け。

 

 そして、第二の仕掛けは、おしのが自らの体を賭けて復讐を重ねることにある。女遊びにかけて百戦錬磨の男たちを焦らしに焦らし、夢中にさせる手練手管は、歌舞伎役者に教わったことが暗示されているが、教わってできるものではない。男を惑わすおしのの滴るような色気は、復讐を重ねるたびにおしのに自らの中に流れる母の淫蕩な血を意識させる。その思いつめた若い女の覚悟と純粋さ、そしてそれとは裏腹の妖艶な美しさ。結局、おしのの行き着く果ては一つしかない。おしのの哀しみを描いていく周五郎の筆は滞ることない。

 

 この小説は一度映画化されている。おしの役は岩下志麻。おその役は左幸子。未見だが、なるほどと思わせるキャスティングである。

 ちなみにテレビドラマ化も何回かされていて、おしの役は藤純子、大原麗子らが演じている。

 

 若い女の復讐劇、というと、松本清張の「霧の旗」が思い浮かぶ。こちらの復讐は殺人ではないし、ヒロイン桐子の思考や行動は考えようによったら、理不尽なものだから、復讐のターゲットになる大塚弁護士の戸惑いや後悔に共感するものがある。最後はこちらも色仕掛けで復讐するのだが、若い女の冷酷な純粋さに寒々とした思いがしながらも、引き込まれていく小説だ。ただし、こちらは性の気配が稀薄で、桐子はどこまでも生硬な美しさを放ったままだ。

 

 こちらも2度映画化されていて、ヒロインは一回目が倍賞千恵子、二回目が山口百恵(どちらも昔見た記憶がある)。テレビドラマ化は10回以上されているらしいが、一番最近の桐子役は堀北真希(これも見ている)。結構納得がいくところである。

 

 さて、今の若い女優なら、誰がおしの役にふさわしいだろう、山本周五郎の世界を演じられるだろう、と考えたのだが、どうも思い浮かばない。

 

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