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先崎学「うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間」(文藝春秋社)を読む   こんなに近くにうつ病があった!

 闘病記である。私が、滅多に読まないジャンルの本だ。だが、あの「天才先崎」がうつ病?棋界きっての文才を誇る先崎学がうつ病になったのか。本屋の店先で思わず手に取った。10ページほど読んで、すぐにレジに向かった。多才な棋士である先崎学に何が起こったのか。

 

うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間

うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間

 

 本の帯にはこんな惹句が記されている。

「空前の藤井フィーバーに沸く将棋界、突然の休業を余儀なくされた羽生世代の騎士。うつ病回復末期の“患者”がリハビリを兼ねて綴った世にも珍しい手記。」

  

 

 私は何度も兄に確かめたものだった。本当にこの体調で文章、それも一冊の本になるほどのものを書いても大丈夫なのかと。兄はいった。

「ゆっくりと休み休み書けば何の問題もない。毎日コツコッ書けばいいんだ。どうせヒマなんだろ、うってつけじゃないか」

 強く推したのは、はじめに自分がすすめた手前もあっただろう。

 それでもまだ私は不安だった。夏の、悪夢のようなうつ煮え煮えになるのは二度とゴメンだからだ。また悪くなることはないの? と訊いたら、「大丈夫だ」と一言の もとにいわれた。「連日徹夜とかすれば別だが、うつは眠れていれば、必ず良い方向 に進んでゆく」

 私は、どんな内容にすればいいんだろうと躊躇した。

「学が経験したことをそのまま書けばいい、本物のうつ病のことをきちんと書いた本 というのは実は少ないんだ。うつっぽい、とか軽いうつの人が書いたものは多い。で も本物のうつ病というのは、まったく違うものなんだ。ごっちゃになっている。うつ 病は辛い病気だが死ななければ必ず治るんだ」

 私はすこしずつ書いてみることにした。そして、二カ月半くらいかかってここまで きた。つまりこの本は、うつ病回復期末期(と心から信じたい)の患者が、リハビリも兼ねて書いたという世にも珍しい本なのである。

  確かに稀な本かもしれない。私は、幸いに周囲にうつ病に罹患した者を持たないが、私自身は一時期、何もかも物憂く、無気力になり、自分がうつ状態にあるのでは、疑った時期がある。誰にも相談できずに何ヶ月間を過ごした苦い記憶がある。

 この本は、うつ病の発病から回復まで克明に、しかも患者本人が綴ったという点で、うつ病ではないかと悩むものにも、その周辺で案じるものにとっても大いに参考になるし、実用的でさえある。勇気づけられるとともに、正しい知識や対応をしることができるからである。

 本書の中で、精神科医である先崎の兄は、うつ病は心の病気ではなく脳の病気だということを再三繰り返す。私にとっては初めて知った事実だった。

 うつ病は「気持ち」の問題ではなく、ストレスなどによって「脳」が変化して起こる病気らしい。詳しいメカニズムはわからないが、要は脳内の変化が心と体に影響を与え、これまでのようにスムーズに考えたり、動いたりすることができなくなるということらしい。

 著者の場合も原因はストレスなのは確かなようだ。例の「不正ソフト使用疑惑事件」に関わる様々な対応、それに続いて彼が長年関わってきた「3月のライオン」の映画公開によって多忙を極めたことが引き金になっている。

 ここからの十日間ほどは、まるではずみがついた滑車のように私は転げ落ちていった。日に日に朝が辛くなり、眠れなくなり、不安が強くなっていった。不安といっても具体的に何か対象があるわけではない。もちろん将棋に対する不安はあったが、もっと得体の知れない不安が私を襲った。そして決断力がどんどん鈍くなっていった。 ひとりで家にいると、猛烈な不安が襲ってくる。慌てて家を出ようとするが、今度は 家を出る決断ができないのだった。昼食を食べに行くのすら大変なありさまで、出ようかどうか迷った末に結局ソファーで寝込んでしまい、妻の帰りを待つという毎日だ った。

 七月中に指した対局はどれも無残な惨敗だった。座っているのが精一杯。こんなことははじめてだった。私は後で知るのだが、妻と兄はこのころかなり頻繁にラインで 連絡を取っていたらしい。

 私の兄は優秀な精神科医である。以前の不調の時は「ま、しばらくよく寝るんだ な」などといってほとんど相手にしてくれなかったが、今回はすっとんで来た。見た瞬間これは駄目だと見立てたのだろう。かかりつけの慶応病院にとりあえず行けといわれた。後で妻に聞くと、どうやらこの時点で最悪の状況に備えて入院の手続きがすぐにできるよう取りはからってくれたらしい。すぐに病院へ行くと、長い時間私のはなしを聞いてくれ、「おそらくうつ病だと思います」といわれた。今後のことは一、二 週間様子を見て決めようということになった。

 毎日毎日もらった睡眠薬を飲んで、寝る前に明日このすべての症状が晴れて元の自分に戻っていますようにと神に祈った。もちろんそんなことがあるわけもないが、祈るよりなかった。

 そのころ、私は七月の末にふたつ、八月のはじめにひとつ、将棋の研究会をやることになっていた。棋士にとって四人で集まって将棋を指す研究会は大事な勉強の場である。くわえて私には、好きな仲間に会う場という一面もあった。七月の終わりには、 中村太地六段(いずれも当時)、村中秀史六段、千葉幸生六段との研究会があって、 彼らは私のことをもっともよく慕ってくれる後輩たちで、私も皆が大好きであった。 人間辛い時、苦しい時ほど親しい人間に会いたくなるものである。だからどうしても この研究会はやりたかった。だが、その十日ぐらい前の体調からして、やはりキャン セルするよりないことは明らかだった。

 ところが、ライン一本でキャンセルをするだけなのに、その決断がつかない。十分や二十分、ひどい時には一時間以上もただそれだけのことで悩みつづける。そのくせ 予定があるということだけで、ひどく心の負担になるのだった。

 夜もどんどん眠れなくなっていった。十時にベッドに入るのだが、一時くらいに目が覚めてしまう。そこからまた医者にもらった睡眠薬を追加で飲んで寝るのだが、四時には起きてしまい、辛い朝を迎えることとなる。うつ病の朝の辛さは筆舌に尽くしがたい。あなたが考えている最高にどんよりした気分の十倍と思っていいだろう。まず、ベッドから起きあがるのに最短でも十分はかかる。ひどい時には三十分。その間、 体全体が重く、だるく、頭の中は真っ暗である。寝返りをうつとなぜか数十秒くらい 気が楽になる。そこで頻繁に寝返りをうつのだが、当たり前だがその場しのぎに過ぎ ない。

 そこからありったけの気力を振り絞ってリビングへと行くのだが、のどが渇いているのに、キッチンへ行って水を飲むのもしんどいのである。仕方がないのでソファー に横になるが、もう眠ることはできない。ただじっと横になっているだけである。頭の中には、人間が考える最も暗いこと、そう、死のイメージが駆け巡る。私の場合、高い所から飛び降りるとか、電車に飛び込むなどのイメージがよく浮かんだ。つまるところ、うつ病とは死にたがる病気であるという。まさにその通りであった。

  本書の中で、著者は兄が何度も繰り返す「必ず治ります」という言葉に励まされる。「死ななければ、必ず治ります」。自殺願望が強くなるのは確かなことで、だから、自殺の防止だけは徹底して、あとはリハビリに徹すれば、「必ず治ります」。兄の断言は心強かっただろう。精神科医の兄、家族の支え、万全のバックアップ体制だったろう。

 とはいえ、やはりうつ病は苦しい。その回復への道筋は、克明に語られるがゆえに、なんとも重苦しく、47歳の実も名もあるプロ棋士が、時には死の誘惑と戦いながら、のたうちまわる様子に慄然とする。うつ病恐るべし。

 読んでいて、特に哀切を極めたのは、著者が回復してきて際に、将棋を指してみて、まったくうまくいかず、詰将棋でトレーニングをしようとするくだりである。 

 こそ疲れ切って何も考えられなかったが、もう一日たつとちょっぴり物事を考えられるようになってきた。そこで、詰将棋ならばうつの脳にもできるのではないか と考えた。詰将棋とは相手の玉を詰ますパズルのようなもので、アマチュアの方にとっては格好の上達法であり、プロにとってはサッカー選手がリフティングをするような基本練習である。私もこの世界に入って四十年、数限りなく、それこそ何万題もや ってきた。これならば「コボちゃん」しか読めない脳でもなんとかなると思ったのだ。

 断っておくが、この時点では将棋のリハビリという観点はまったく頭になかった。 あくまでもあまりにもできることがないので思いついただけだった。私がはじめに手にとったのは九手詰から十三手詰の詰将棋が百問入った問題集だった。どんなレベルかというと、以前の私なら三十分で全問解く本である。

 ところが全然詰まなかった。はじめの一問がまず解けないのだ。十分も考えると頭が痛くなってしまう。私は私自身が信じられなかった。数学の教授が小学校の算数も分からな いようなものである。将棋のことで焦りを覚えたのは、この時がはじめてといっても よい。現役に戻れない。このことが実感として沸々と湧いたのだ。

それまでも、現役に復帰できないのではと考えたことは限りなくあった。だがそれ は、現実感をともなわないものだった。病院ではうつが治るかどうかで精一杯だったし、九月は復帰できるかなあ、あと半年もあれば大丈夫だよなあ、という曖昧なもの だった。うつ病になってはじめて、私は病気ではなく将棋と向き合ったのである。

 一時間ほど休んで疲れが取れると、今度は右手詰の問題集を持ち出した。前の本よ り断然易しく、七手詰なんて前ならば小学校の算数どころか息を吸うようにできたわけで、要はがっくりした頭をこれによって元気付けようと思ったのだ。

 なんと詰まなかった。そんな馬鹿なと思って何度もチャレンジしたが詰まない。 七手詰も形によってはすごく難しいのであるが、しかし私が解こうとしたのは、アマチュア向けの本であり、実に類型的な七手詰だった。

口惜しかった。自分をこんな目にあわせたうつ病が憎かった。うつ病患者としてあ るまじきことをあえて書けば、死ぬより辛かった。入院中ですら食欲が衰えることがなかった私が、その夜だけはまったく食事が喉を通らなかった。もう駄目だと思ったが、同時にある事実に気がついた。うつ病になっ て以来、ひとつの物事にこれほどまでに集中したのははじめてだということに......。 私は泣きながら五手詰の本をナップザックに入れた。

 

 

 自らのうつ病を振り返りながら、これまでの人生の道筋、たとえばいじめや吃音のこと、家庭のこと、将棋への愛着と将棋を失うかもしれないという恐怖、棋士としての矜持等、全ての引き出しを引っ張り出すように、赤裸々に語られて行く。

 うつ病は、自らと真に向き合わねばならない本当に辛い病気だということが、読んでいて、切々と伝わってくる。

 棋士になって様々な仕事をし、様々な人に会って臆せずはなせたのも、すべて自分は将棋が強いんだという自信があるからだった。そう、私は腕一本で人生を切り拓いてきた。そして今回もうつ病を、ひたすら将棋を指すことで切り抜けた。

 だから大丈夫である。もしうつ病に対する偏見にあっても、将棋の力によって必ず切り抜けられるはずだ。ベテランだから勝てないなんていうことはどうでもよい。将棋の力であのイジメに勝ったのだ。それが私の「誇り」である。くだらない偏見なんてものに負けるわけがない。

 今、書いていて分かった。こんなことを書いているぐらいだから、うつはたしかによくなっている。

 

  本書の巻末の部分である。うつ病に関わる人にとっても、何も知らなかった私のような者にとっても、一読に値する本であると思う。

 

後記

 今期、著者は棋界に復帰した。将棋連盟のサイトにあたってみると、現在2勝6敗。先崎学、奮闘中のようである。

 

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