日付のない便り

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「妻は告白する」(増村保造監督)  見ているうちに、若尾文子にじわじわと絡め取られていく  

 見ているうちに、男が次第に女の用意した蜘蛛の巣に絡め取られるようなゾクゾクした、寒気のようなものを感じてくる。どこかおかしいと思いながらも、糸に巻かれるように、男は身動きができなくなっていく。若尾文子には艶でいて、どこか清潔感のある不思議な魅力があって、見ているものも次第に絡め取られていく。

 

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 ドラマはヒロインが報道陣に囲まれながら法廷に入る場面から始まる。今風に言えば、疑惑のヒロインということになる。罪名は殺人。

 北穂高滝谷の第一尾根を登山中のパーティーが事故に遭遇する。パーティーは、大学の薬学部助教授滝川亮吉(小沢栄太郎)、その妻彩子(若尾文子)、製薬会社の社員幸田修(川口浩)の三人。幸田、彩子、滝川の順番で登っていた。三番目に登っていた亮吉が足を滑らせ、宙吊りになる。幸田は二人を支えるが、限界に近い。滝川は岸壁に取りつこうと振り子のように大きく体を何度も振る。彩子のザイルが締め付けられる。そこで、彩子はナイフでザイルを切断。滝川は谷底へと転落して死亡。収入と合わない500万円の保険金や、幸田との愛人関係を根拠に、検察は殺人罪を主張し、弁護側は「緊急避難」であるとして無罪を主張する。

 幸田には婚約者(馬渕晴子)がいるが、仕事で滝川の家を訪ねるうちに、親子ほど年の違う滝川夫婦のギクシャクとした関係に気づく。彩子への滝川の仕打ちに憤りを覚えるうちに、次第に彼女に同情していくようになる。

 

 彩子には確かに同情すべき点が多い。戦災孤児で苦学しているうちに、滝川に強引に関係を迫られ結婚をする。滝川との結婚生活もうまく行かない。彩子が妊娠しても滝川は出産を許さず、趣味の登山に耽溺し、彩子をまるで家政婦の如くこき使う。綾子が離婚を迫っても、まったく相手にしない。幸田に奥さんのために100万円くらいの保険に入った方がいいと進められると当てつけのように、生活を考えれば無理な500万円の生命保険に入って彩子を驚かせる。

 だが、見ていて者からすると、彩子には、不思議と同情がわかない。滝川は、ひどい男だが、無理やり結婚した年の離れた美しい妻に対して、そして決して満足をすることのない妻に対して、過剰に対応するしか方法を持たない男だったのだろう。そこへ、物分かりのいい、気持ちの優しい若い男、幸田が現れた。

 彩子にとって、幸田でなければいけなかったのか。次第にはっきりしてくるのは、しとやかで、弱々しく見える彩子の強烈なエゴイズムである。滝川も、幸田も彩子にとっては、愛の対象ではない。自らへの願望、自らの幸福への希求、これこそが彩子の求めるもので、そのためには、ザイルを切ることに罪悪感はないし、幸田は彼女の求めるものの、欠かせないピースであるが、それが愛と呼べるかどうかは疑わしい。彩子には、滴るような色気があるが、それは獲物を引き寄せる道具にすぎない。だから、ラブシーンらしい場面はほとんどなく、その滴るような色気はエロティシズムとは結びつかない。

 彩子は、表面は慎ましやかで、悲運なヒロインなのだが、裁判が進むに連れて、女の押しつけがましく、身勝手な部分が浮き出てくる。幸田も、彩子に惹かれながらも、彩子がザイルを切ったのは、殺す意思があったのではないかという疑いをぬぐいきれない。戸惑いながらも、幸田はズルズルと、彩子との生活を決意するのだが……。

 最後の場面の、雨に濡れた彩子は、疎ましくも、際立って美しい。

 若尾文子は、この二面性のある女を陰影深く演じている。いつもうつむき気味でおどおどした態度をしているかと思うと、自分の考えを曲げない片意地な表情を見せる。美しさの影に仄見える打算や我執。特にこの女優は、ちょっとくぐもったような声に特徴がある。その声も変化をする。夫には、冷たい抑揚のない声、幸田には吐息の漏れるような声。

 増村保造監督の演出は、若尾の魅力を存分に引き出しながら、冷徹に場面を進めていく。モノクロの映像がシャープで、今見ても新鮮だ。小沢栄太郎は、時に傲慢さで傍若無人な振る舞いを、時に男の弱みや哀れさを演じていやらしいほど上手い。川口浩は、どことなくぎこちないのだが、それがまたこの人の魅力なのか。馬渕晴子もクールな美しさで印象的だ。

 この作品は調べてみると、3回テレビドラマ化されている。最後は1983年で、主演は夏目雅子。これも見て見たい気がする。

 

「妻は告白する」増村保造監督 1961年公開 大映

 

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