日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

わが悪夢の系譜  ちょっと大げさな題名で恐縮ですが……

 私はよく苦しい夢を見る。悪夢といってもよい。夜中に、大声をあげたり、長々と喋ったりというのはけっこう頻繁にあって、あまりひどいと家内が揺り起こしてくれる。

 3ヶ月ほど前に、それが極端に悪化した。妄想のような夢が多くなった。夢と現実の境が曖昧になって、ベッドから落ちたり、夢遊病のように家の中を歩くようになった。階段を上がるつもりが、間違えてチャブ台に足をかけて怪我をした。

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 私には長年の持病があるのだが、その頃服用している薬を変えた。私の持病は不眠になりやすいので、辛いときに使っていた睡眠導入剤も別のものにした。慌てて医者に相談したところ、もともとの持病のせいか、どちらかの薬がもたらすものなのかはわからないという話だった。

 とりあえず、薬を元に戻し、睡眠導入剤も別のものに変えて、症状は軽減してきている。だが、やはり、苦しい夢を見ることは多い。 

  もともと、私は子どもの頃から苦しい夢をよくみる。うなされたり、大声を出すこともあった。94歳になる父も、3つ下の弟にもその傾向があるから家系なのだろう。子どもの頃といっても、覚えているのは中学生ぐらいからだ。

 よく見た夢は虎に追いかけられる夢だった。逃げても逃げても、虎は追いかけてくる。逃げている場所は学校の廊下であったり、商店街だったり、近くの公園だったり、様々なのだが、あまり親しくない友達や話したこともないクラスメートと一緒に逃げていることが多かった。追い詰められてパニックになってどうしようもなくなった時に、飛び起きる。汗びっしょりだ。

 この夢は随分長い間続いた。断続的に二十歳ぐらいまでに続いたと思う。もちろん、毎晩見るわけではない。だが、なぜ虎なのか、どうにも不可解でならなかった。

 最も悪夢に悩まされたのは、37、8歳から43歳ぐらいまでだろう。個人的に辛い時期だった。孤独であったし、それが自分の招いたことではあったにしても、自分が置かれている状況は理不尽で不愉快で哀しかった。この頃は毎日のように苦しい夢を見た。その頃、私は中学校の教師をしていた。学校は荒れていて仕事は大変だった。帰りはいつも遅かったから、寄り道をすることもなかったし、土日も部活の指導で出ていたので、とにかく学校にいる間が長かった。校門を一歩出ると、学校のことはすぐに忘れることにした。そうしなければ持たないほど、仕事はハードだった。だが、それでも夜中に見る悪夢ほどは辛くはなかった。学校にいる間は幸せだった。毎晩のように苦しい夢を見た。疲れきって、倒れるように眠りについても、うなされるような夢は見る。その頃の夢がどんな夢だったか、実は少しも覚えていない。子どもの頃の虎の夢は、いまも鮮明に覚えているのに、不思議なほど思い起こせない。

 その頃、私は眠るときに時計を外せなかった。時計を外すと、夜が進むのが遅くなるような気がしていた。だから、1日のうちで時計を外すのは風呂に入る時だけだった。 

 林間学校や修学旅行の引率の時も心配だったが、頭がこれは仕事だと割り切ってくれているのか同じ部屋の同僚を困らせることはなかった。あらかじめ同僚に、俺、よく寝言をいうから、と予防線は張っていたが。

 家内と一緒になり、仕事は行政に移って、忙しさはこれまで以上だったが、悪い夢はすっかり息を潜めた。寝言を言ったり、突然笑い出したりして、家内を驚かせたり、呆れさせたりすることがあっても、それはそんなに苦しい夢ではなかったのだと思う。家内が隣に寝るようになって、私は時計を外して眠れるようになった。

 

 それが、定年になって、定年後3年ほど続けた仕事もすっかりやめて、ほぼ主夫業といっていい、傍目にはまあ悠々自適のような生活になっているのに、悪夢が復活してきたことに、私は痛く戸惑っている。

 今見る悪夢の種類は、大別すると二つになる。

 一つは、やはり追いかけられる夢だ。ただし、今は虎ではなく人だ。どこかで見たスパイ映画かSF映画のような設定で、壮大なスケールのことが多い。追いかけてくる人数もむやみに大勢だったりする。大体、私は誰かと一緒に追われている。その誰かというのが、思いもよらぬ人物であることを、夢の中で自分が驚いたりする。知り合いであったり、見知らぬ人であったり、様々なのだが、うんざりするほどよくしゃべることが多い。こいつなんだよ、役に立たないな、と腹を立てながら逃げている。この手の夢を見たときは、だいたい大声をあげたり、うなされたりして、家内に揺り動かされて起きる。

 もう一つは教師だった頃の夢だ。よく見るのは、明日が定期テストなのに試験問題を作り忘れて焦っているという夢だ。実際に、そんなことは私の経験の中にはないのだが、毎回微妙に状況は違うが、この夢も何度も繰り返し見ている。

 もう一つは生徒に説教をしている夢だ。私は、確かに教師時代のすべてで、ほぼ生徒指導担当だったから、生徒を叱ったり、説教したりということは、実に多かったが、教員としての後半は、行政に属したり、管理職として務めたから、クラスや部活を持っていたのは、もう四半世紀も前のことである。よもや、今さら夢の中で仕事をするとは思ってもいなかった。この手の夢の時は、ベラベラ喋ったりしていて、うるさいので、やはり家内に起こされることになる。

 奇妙なことに、行政時代や管理職時代の夢は全くというほど見たことがない。

 時折、ゲラゲラ笑って、楽しそうなのだけど、やっぱり気持ち悪いからという理由で起こされることがある。楽しい夢の内容は、いつもほとんど覚えていないのだが、夢に出てくる登場人物は覚えていることがある。もう、何十年もあっていない教え子だったり、かつての同僚だったりする。普段はもう思い出すことも少なくなっている教え子が、中学生の時のままの姿で登場する。同窓会で、よく顔をあわせる教え子ではなく、卒業後全く消息も伝わってこないような教え子が多い。これは、悪夢の唯一の効用といってもよい。

 だが、楽しい夢なのかもしれないが、こういう夢も見た後は、やはりどっと疲れる。

 悪夢は断続的に今も続いている。私は、夢に何か意味があるかのように捉えることがあまり好きではないし、信じてもいない。長い間、悪夢と付き合ってきたが、夢は、夢に過ぎないという気持ちが強い。ただ、今のように体にこたえたり、怪我するようなことがあるのは困るから、さて、これからの付き合いの仕方をどうやって変えていこうかと思案しながら老いつつある日々を送っている。

 

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