日付のない便り

日々のとりとめのない覚書 映画や読書 そして回想

「ひとり狼」(池広一夫監督)を見る  道中合羽に三度笠の雷蔵もすっきりとカッコイイが、映画自体はあまりすっきりとはいかないようで……

 雷蔵晩年の作品。相変わらず殺陣での動きはよいが、すでに病に侵された頃なのか、顔は陰影が深い。

 「沓掛時次郎」「中山七里」(どちらも未見)に続く、雷蔵と池広監督の股旅物三部作の三作目でけっこう有名らしいのだが、どこかバランスが悪い映画で、セリフもさすがの雷蔵でも空々しいだろうというのがいくつかある。

 

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 冒頭、渡世人姿の雷蔵の歩く背中がけっこう長く映し出される。雪道の中を黙々と歩く。バックにはウイリー沖山(?)の歌う主題歌が流れる。これが西部劇のような雰囲気で、かなり違和感がある。

 主人公追分の伊佐蔵(市川雷蔵)は雪の塩尻峠で、たまたま居合わせた渡世人上松の孫八(長門勇)の助勢を断り、やくざ二人と用心棒をあっという間に切り捨てる。西部劇の雰囲気から、普通の時代劇に戻ったので安心して見ていると、今度は、孫八と三下やくざの半次(長谷川明夫)を使って、渡世人のしきたりが細々と描かれる。

 一宿一飯の仁義の口上のあと、挨拶がわりの手拭いを渡すこと。

 食事は板の間で食べること。一汁一菜で飯は必ず二膳まで、一膳めしは許されず、食べられない少し食べて飯をよそう。

 残さず食べるのが礼儀で、残した魚の骨は懐紙で包んで自分で始末をする。

 食器は自分で片付ける。 

 食前食後に奥の姐さんに向かって必ず挨拶する。

 布団は、どんなに寒くても一枚の布団にを柏餅のように体を包んで、長脇差を抱えて寝る 等々。

 渡世稼業の厳しさ、辛さが伝わってくるリアルなタッチだ。どうも映画の雰囲気に統一感がないような気がしてくる。

 

 物語は、上松の孫八という渡世人が、旅先の囲炉裏端で、伝説の渡世人、追分の伊佐蔵、通称人斬り伊佐蔵について語っているという体裁をとっている。

 一匹オオカミの旅やくざで、親分もなければ子分もない。ひと所に3日ととどまらない。

 サイコロを見る眼も神業だ。バクチで負けることがねぇ。

 腕がたつから、助っ人としてあちこちの親分衆から重宝がられる。出入りがあれば伊佐蔵がついてる方が必ず勝つ。

 いつもねらわれているから、誰もそばに寄せつけない。

 俺が、兄弟分?いや、そんなんじゃねえ。奴はいつもひとりだ。

 長門勇の巧みな語りで、孤独で、ストイックな渡世人伊佐蔵の姿が浮かび上がってくる。

 

 ところが回想場面になると、孫八の語りを離れて、伊佐蔵自身の回想になる。まあ、孫八が昔の伊佐蔵を知っているわけではないから、当然といえば当然なのだが、これもすんなりとは入っていけない。

 

 伊佐蔵がなぜ、孤独で、非情な渡世人として生きてきたのかがこの回想シーンで分かるのだが、わずか8年で真面目な武家の下男から、人斬り稼業で悪名を売る渡世人になったのか今ひとつ納得がいかない。

 主家の娘由乃(小川真由美)と恋仲になり、妊娠した由乃と駆け落ちしようとするが、由乃の逡巡で裏切られる。

 伊佐蔵の父親は渡世人であり、主家の門前で行き倒れた。伊佐蔵は下男として拾われる。真面目さを買われて、剣術や学問を習わせてもらうが、由乃とのことで、追っ手を掛けられる。

 由乃は家を出て、男の子を出産。苦労して子どもを育てている。

 伊佐蔵は、人斬り稼業で稼いだ金を由乃に送っているが、由乃は手をつけない。

 ここまではよいのだが、すっきりしないのは、伊佐蔵は自分の子どもだから、父親として子どもに会いたいのは当然だろうと思っているし、口に出すことだ。

 子どもと偶然に(!)会ってしまうのはよいとしても、自ら父親として子どもと相対することを求めるのは、非情な渡世人としては、どうなのか。

 それまでの厳しい渡世人稼業の中で自らを律し、人に関わること避けてきた前半の伊佐蔵と、子どもに会いたいという伊佐蔵がうまく一致しない。

 由乃と別れ、主家から追われた8年間のことが全く語られないこともしっくりこない理由の一つかもしれない。前半の雷蔵が、やくざ渡世の掟に自らを埋没させ、いわばプロに徹している生き方を、実にクールに演じているだけに、見ていて戸惑ってしまうのである。

 

 由乃と子ども(息子)を置いて、傷ついた身体で再び旅に出る伊佐蔵に、

「おじちゃーん」

と、子どもが叫ぶ。う~ん。これって「シェーン」かい!

 

「また俺の目の中に、ひとつ卒塔婆が建てられた」(正確ではないが、こんな感じのセリフだ)

というようなセリフを伊佐蔵がつぶやく。この卒塔婆云々というのは何回か出てくるが、ちょっと鼻につく気がするのだが、いかがだろうか。

 

 長門勇は、どこか茫洋とした、だが、腹に一物あるような役や、いかにも人の良いおおらかな役などが多いのだが、ここでは男気のある手練れの渡世人役を、巧みな語りも含めて好演している。

 小川真由美は美しいが、見ていて可もなし不可もなしというところか。

 かつて伊佐蔵と関係のあった酌婦役を演じている岩崎加根子が印象的だ。

 

 最初が雪の場面で始まったが、最後の剣戟シーンも雪の中で戦いになる。「薄桜記」を思い起こさせる。

 この伊佐蔵、侍に負けない強さなのだが、剣術を習っていたから、当然なのだろうが、孫八も強いので、やくざと侍の剣術との違いがはっきりしていなくて「強さ」がよくわからない。

 

 この映画の雷蔵はセリフにドスが効いていて、迫力はある。私は「雷蔵好み」だから、いろいろあっても十分楽しめたのだが、見終わった後に高揚感がないことが、この作品の弱さなのだろうか。

 

「ひとり狼」池広一夫監督 1968年公開 (大映)  84分

 

 

雷蔵好み (集英社文庫)

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