日付のない便り

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自転車に乗れなくなった話

 自転車に乗れなくなった。持病のせいで、薬の効果が切れると右足に力が入らなくなってペダルが漕げなくなる。無理に力を入れて漕ぐと右によれてしまう。なるべく歩道や広い道を通るのだが、転んだり、電信柱に突っ込んだりした。

 それで、自転車は諦めることにした。

 

 

 これは、思っていた以上に悲しい。私は、24歳まで自転車に乗れなかった。運動音痴の上に極度の怖がりで、子どもの頃に練習はしたが、結局だめだった。自転車に乗れないということは、男の子にとってはなかなか辛いことだ。小学校、中学校、高校、大学と長年に渡って、私にとっては、突つかれると痛い最大の弱点であり、もっとの隠しておきたい秘密だった。だが、弱点はさらけ出されるものであり、秘密は暴かれるものと決まっている。その時々にあっけなく友人たちの知るところになった。自転車に乗れない少年は、当惑や同情あるいは憐憫や嘲笑の対象となった。私と自転車の歴史には、はたから見れば腹を抱えて笑える、私にとっては笑うに笑えない、数々のエピソードが満載されている。

 私は24歳の時、勤め始めた。仕事の関係でどうしても自転車に乗らなくてはいけない必要に迫られた。友人に頼み込んだ。あと3日間で自転車に乗れるようになりたい。手伝ってくれ。

 24年間も乗れなかったのを3日間で乗れるようにする?

 友人は心底呆れたような顔をしたが、それでも親切に付き合ってくれた。時間は夜中しかない。夜中にで練習した。何度も転びながら、2日間がむなしく過ぎた。3日目。もう諦めかけていた時に、友人の何気ない一言がきっかけで奇跡が起こった。

 たかが自転車、随分と大げさだと思われるだろう。が、私にとってはまさに奇跡だった。

 自転車に乗れるようになって、世界は一変した。これも大げさではない。

 

 勤め始めて2ヶ月目ぐらいだった。さして望んでもいなかった仕事に就いた私は、ひたすら仕事に振り回される毎日だった。こりゃダメかな、と思い始めていた。

 この自転車に乗れるようになったがことが、私の向いている方向を変えた。いわば、私の人生のターニングポイントになった。そんな些細なことが人生を変えるなんておかしいと思われるかもしれないが、歳を重ねてみると、人の一生なんてけっこうつまらないことで、左右前後が入れ替わるようなことはよくあることがわかる。

 もちろん、次の日に公道で始めて乗ったのだから、私の自転車は何度も転がった。でも必死でペダルを踏みながら、私はなんとかなるかなと思い始めていた。

 

 そんな具合だから、自転車に乗れなくなったことは、思っていた以上に悲しい。  もう、風を切る、ことはできないのだと思うと寂しくなる。

 そんな話を知人に愚痴っていたら、よかったじゃない、という言葉が返ってきた。

 

 あんたは、これまで出来たものが出来なくなったんじゃない、24歳に戻ったんだ。若返ったと思って、頑張って歩くといい。

 なるほど、妙な理屈だが説得力がないわけではない。歩くのもかなり苦しいんだけど、という言葉を飲み込んで、

 そうですね、とうなづいた。

 頑張って歩けばいい。

 

 自転車に乗れなくなった話である。

 

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